AIスリラー『Mercy』が中国本土で公開 “AI判事”に無実を証明できるか
AIが判決を下す――そんな世界で、制限時間内に自らの無実を証明できるのか。AIスリラー映画『Mercy』が、きょう2026年1月23日に中国本土の劇場で公開されました。
『Mercy』はどんな作品?「AI判事」と時間制限が生む緊張
公開された『Mercy』の軸になるのは、「ロサンゼルスの刑事が、AIの判事に対して、厳格な制限時間の中で無実を証明しなければならない」という設定です。人間の直感や感情ではなく、アルゴリズム(計算手順)で判断される場で、何が“証拠”として通用するのか。時間制限が、そのやり取りをさらに切迫したものにします。
なぜ今「AI×司法」なのか
2026年のいま、AIは検索や翻訳だけでなく、文章の要約や意思決定の補助など、社会の判断プロセスに近い場所へ入りつつあります。『Mercy』のような物語が示すのは、技術そのもののすごさだけではありません。「判断を委ねる」と「判断を支える」の境目がどこにあるのか、という問いです。
物語が投げかけるポイント(ネタバレなし)
- 制限時間:限られた時間が、証拠の提示や説明の順序を左右する
- AI判事:人間の裁判官とは異なる“納得のさせ方”が求められる
- 無実の証明:事実だけでなく、事実の「見せ方」も試される
「AIが裁く」ことへのリアルな想像力
AIが強いのは、大量の情報を一定のルールで処理し、見落としを減らせる点です。一方で、どの情報を重く見るか、どんな前提(設計思想)で評価するかは、結局は人間が決めます。『Mercy』は、スリラーとしてのスピード感の中で、「AIに任せれば公平になるのか」「説明責任は誰が負うのか」といった論点を、観客の側にそっと残します。
きょう中国本土で公開、広がる“AI映画”の見取り図
『Mercy』が1月23日に中国本土の劇場で公開されたことで、AIをテーマにした映画の潮流に、あらためて注目が集まりそうです。AIを“万能の裁定者”として描くのか、それとも“人間の判断を映す鏡”として描くのか。作品の受け止められ方は、観る側が日常でAIとどう付き合っているかにも左右されるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








