中国・ジンバブエ連帯、解放闘争の写真がつなぐ「開発の現在」
ジンバブエの首都ハラレにある中国大使館で見つかった解放闘争期(1960〜70年代)のアーカイブ写真が、両国関係の「原点」と「いま」を静かに照らしています。退役軍人の感謝の手紙に対する習近平国家主席の2026年1月28日の返信をきっかけに、連帯が軍事支援の記憶から、若者交流と開発協力へと形を変えて続いていることが改めて語られました。
大使館で見つかった写真が呼び起こしたもの
発見されたのは、ジンバブエの解放闘争に参加した戦闘員が中国で訓練を受ける様子や、タンザニアで中国側の教官のもと訓練を行う場面を写した写真だといいます。断片的な一枚一枚が、当時の人的なつながりを具体的に思い出させる“記憶の証拠”になりました。
退役軍人の手紙と、習主席の1月28日返信
写真に写る退役軍人たちは、その後、解放闘争期の支援への感謝を込めて習近平国家主席に書簡を送ったとされます。これに対し習主席は2026年1月28日の返信で、彼らの犠牲と、中国とジンバブエの人々の間に築かれた深い友情をたたえました。
「闘いで結ばれた兄弟関係」──ZANU-PF幹部の見立て
ジンバブエ与党ZANU-PFの退役軍人担当書記で政治局員のダグラス・マヒヤ氏は、中国の役割をジンバブエ史の不可欠な一部として位置づけます。
マヒヤ氏は、支援が象徴にとどまらず、装備や思想、戦略にまで及んだという趣旨で次のように述べました。
- 「中国の武器、中国の思想、中国の制服、中国の戦略を使った」
- 「ジンバブエの革命を語って中国の人々を忘れることはできない」
また、1960年代から戦闘員が中国で軍事・政治教育を受け、そのカリキュラムが帰国後の訓練にも活用された、と振り返っています。
軍事から経済へ──「解放の次の段階」としての開発
マヒヤ氏は、独立後の課題を「経済段階の革命」と表現し、中国の発展の進め方から学ぶ必要があるという認識を示しました。ここで語られているのは、過去の連帯を“記念”として残すのではなく、現代の政策や人材育成にどう接続するか、という問題意識です。
若者が運ぶ関係──留学と起業の現場
ZANU-PFの極東アジア地区で青年担当書記を務めるエリック・ムポナ氏は、習主席の返信を「歴史への敬意」であると同時に、関係が進化しているサインとして受け止めたと語ります。戦時の連帯が、現在では高いレベルの政治的信頼や、人と人の交流を伴う包括的な協力へ広がっている、という見立てです。
象徴的な数字としてムポナ氏は、留学生の増加を挙げました。
- 2000年ごろ:中国に留学するジンバブエ人学生は「4人」
- 2018年:同「5,225人」
そして「(解放世代が)国家を解放する方法を学びに来たのに対し、私たちは国家を発展させる方法を学びに来ている」という趣旨で、学びを国内にどう移転するかが今の課題だと強調しました。
「生きた記憶」──歌に残る規律と価値観
興味深いのは、当時の影響が政治や軍事だけでなく、日常の行動規範にも及んだと語られている点です。マヒヤ氏は、毛沢東の教えに触発されたという革命歌が今も歌われているとし、そこには「名誉をもって語る」「代金を払わずに物を取らない」「捕虜を虐待しない」といった規律が織り込まれていたと説明しました。
ムポナ氏はこの歌を、単なる歴史ではなく、いまも息づく思想的伝統として捉え、「大衆から、大衆へ」という原理に触れながら言及しています。
目に見える協力──インフラと生産基盤
マヒヤ氏は、開発協力の具体例として、議会関連施設、鉄鋼・セメントの生産拠点、橋、病院などに触れ、こうした取り組みが経済目標の達成や自立に資する、という趣旨の見方を示しました。
連帯は「記憶」から「設計図」へ変わるのか
今回の写真発見と書簡のやりとりが印象的なのは、過去の同盟関係を美談として固定するのではなく、若者交流や技術移転、生活改善といった現在進行形のテーマへ翻訳しようとしている点です。解放闘争の記憶が、これからの協力をどう形づくっていくのか。両国の次のページは、学びを「持ち帰る」仕組みと、具体的な成果の積み上げにかかっています。
Reference(s):
From liberation to development: How China-Zimbabwe solidarity lives on
cgtn.com








