袁熙坤が描く「馬の精」——午年を前に、彫刻と水墨で捉える video poster
午年が近づくいま、馬をモチーフにした表現で注目されているのが、アーティストの袁熙坤(Yuan Xikun)です。彫刻と水墨という異なる手法で「馬の本質」を追い、時代の象徴として馬の姿を立ち上げます。
馬に惹かれ続ける理由——「守り手」であり「通訳者」
袁熙坤は、馬を描き、造形することに深いインスピレーションを見出しているとされます。自身を「Bi Mawen(馬の精を守り、読み解く存在)」と呼び、馬の輪郭だけでなく、内側にある気配や気迫まで掬い上げようとします。
ここでのポイントは、馬が単なる“題材”ではなく、作者にとって「解釈すべき存在」になっていることです。見る側も、たてがみの流れや筋肉の張りの描写を追ううちに、いつの間にか「この馬は、何を背負って走っているのだろう」と想像を促されます。
彫刻と水墨、同じ馬でも“届き方”が変わる
袁熙坤の馬は、彫刻と水墨の両方で語られます。同じモチーフでも、メディアが変わると印象は大きく変わります。
- 彫刻:かたちの「重量」や「存在感」を通して、馬がその場に立つ強さを伝えやすい
- 水墨:線の速度、墨のにじみ、余白によって、走る気配や息づかいの「一瞬」を掴みやすい
午年を前に描かれるという「流れる墨による馬」は、特に動きの表現が前面に出ます。紙の上に躍り出るような筆致は、説明より先に感覚へ届くタイプのニュースです。
紙から跳ぶ「龍馬精神」——時代の旅路を照らすイメージ
袁熙坤は、筆を通して「龍と馬の力強い精神(いわゆる龍馬精神)」が紙面から跳ね上がるような姿を思い描く、と語られています。そのイメージは、目標へ向かう推進力や、困難の中でも前へ進む活力を象徴するものとして読めます。
馬が「私たちの時代の象徴」へと変換されるとき、作品は鑑賞の対象であるだけでなく、日常のスピード感や変化の大きさを映す鏡にもなります。だからこそ、午年という節目が近づくタイミングで、このモチーフが改めて引き寄せる力を持つのかもしれません。
このニュースの見どころ(要点)
- 袁熙坤は馬の本質を「守り、読み解く」存在として捉え、自らをBi Mawenと位置づける
- 彫刻は存在感、水墨は速度と余白で、同じ馬でも異なるリアリティを生む
- 午年を前に、紙から跳ぶような「龍馬精神」のイメージが、時代のエネルギーと重ねられている
静止しているはずの作品が、なぜか走り出しそうに見える——。そんな感覚が、今年の節目に向けた馬の表現を、ひとつの「いま読むべき文化ニュース」にしています。
Reference(s):
Yuan Xikun: Capturing the spirit of the horse in sculpture and ink
cgtn.com








