アルゼンチンのジャズ奏者、古琴名曲「酒狂」を即興で再解釈 video poster
今月の春節(旧正月)を前に、アルゼンチンのジャズ音楽家ムリエル・マック(Muriel Mack)が、中国の古琴(グーチン)の古典曲「酒狂(Jiu Kuang)」を独自の即興で再解釈しました。魏晋時代の“霞がかった自由さ”をまとわせつつ、電子音とジャズの要素を重ねることで、文化の距離を一気に縮めるような新しい響きを提示しています。
何が起きた?「酒狂」をジャズと電子音で“もう一度書き直す”
今回のポイントは、古典作品をそのまま再現するのではなく、即興(その場で音楽を組み立てる表現)を核にしている点です。ムリエル・マックは「酒狂」を土台にしながら、次の要素を組み合わせたとされています。
- 独自の即興:旋律や間合いの取り方で、その瞬間の表情をつくる
- 電子的な音の質感:にじむような“霧”を足し、空気感を拡張する
- ジャズの語法:揺れ、余白、予測不能さで曲の輪郭を更新する
「魏晋の精神」を、現代の音でどう立ち上げたのか
説明に使われているのは「魏晋時代の、朦朧として束縛されない精神」という言葉です。ここで語られているのは、歴史の知識を競う話というよりも、音が持つ気配の話に近いでしょう。
電子音の“霞”のようなレイヤーと、ジャズの即興性(型からはみ出す力学)が重なることで、「古いものを現代化する」という単線的な変換ではなく、古さの中にあった奔放さを、別の方法で掘り起こす——そんな読み替えが起きている、と受け取れます。
春節に届く「音楽の祝福」──言葉を超えるコミュニケーション
今回の試みは「中国の旧正月に向けた、異文化をまたぐ音楽の祝福」と位置づけられています。祝福というテーマは、歌詞やメッセージがなくても成立します。テンポの揺れ、音色の温度、沈黙の置き方が、聴き手の記憶や感情に触れていくからです。
国や文化の文脈が違っても、音楽が“共通言語”として働く瞬間がある。そのこと自体が、春節という節目に似合う静かなニュースなのかもしれません。
聴きどころ:短時間でわかる3つの注目点
- 即興の入り口:どこから“元の曲”がほどけて、どこで戻ってくるか
- 電子音の役割:主役なのか、背景なのか、それとも空間そのものなのか
- ジャズの気配:リズムや間の取り方が、曲の表情をどう変えるか
古典を守ることと、古典を動かすこと。両方の間にあるグラデーションを、今回の「酒狂」はそっと見せています。春節前のいま、耳で味わう“越境”が増えていく流れも、静かに広がっていきそうです。
Reference(s):
Argentine jazz musician reinterprets ancient Chinese guqin piece
cgtn.com








