新疆のムカームを追う:『Chasing Muqam』第5話、シャチェとマキットの対比 video poster
中国本土の新疆ウイグル自治区を舞台に、伝統芸能「ムカーム」を追うドキュメンタリーシリーズ『Chasing Muqam』の第5話は、近い距離にありながら表情の異なる二つの土地を行き来し、同じ音楽が“土地の記憶”で変化していく瞬間を映します。
第5話の舞台は「二つの町」
案内役のナディム・ディアブ氏が訪れるのは、新疆南部のシャチェ(莎車)と、車で約2時間のマキット県。いずれもムカームの担い手が暮らす場所ですが、音楽の肌触りは驚くほど違います。
- シャチェ:世界に「十二ムカーム」を伝えた土地として紹介され、地元の芸能者の稽古風景に密着
- マキット県:砂漠の気配をまとった「ドラン・ムカーム」に出会い、より荒々しく奔放な響きを描写
シャチェ:稽古場で見える“継承の現場”
シャチェでカメラが捉えるのは、舞台のスポットライトではなく、稽古の積み重ねです。登場する演奏者の多くは農民で、地域の民俗音楽を愛し、静かに守ろうとする人々として語られます。
中には70代の人もいる一方で、歌と踊りには衰えを感じさせない熱量があり、知識や所作を「学びたい人には惜しみなく渡す」姿勢が強調されます。名声や拍手よりも、音楽が日常の言葉として息づいていること——それがシャチェの空気として描かれます。
マキット県:砂漠が育てたドラン・ムカームの“生の強さ”
一方、マキット県ではムカームが砂漠のスピリットを吸い込み、より剥き出しの表現へと振れていきます。第5話が示すドラン・ムカームは「野性味があり、抑制が利かない」響きとして描写され、開けた風景に強い歌声が通っていくイメージが重ねられます。
同じ伝統の枠組みの中にありながら、シャチェの“継承の端正さ”とは別の方向で、心を揺さぶる力を持つ——そんな対比がこの回の核になっています。
「誰が担い、どう残すのか」—農民音楽家たちが示す問い
第5話で印象的なのは、担い手が必ずしも専門の芸術家だけではない点です。畑仕事の延長に音楽があり、地域の集まりの中に稽古があり、年長者が経験を手渡していく。文化継承を“制度”だけで語らず、生活のリズムとして捉える視点が前面に出ます。
ムカームが「ウイグルのアイデンティティと誇りを運ぶ生きた言語」として語られる場面は、伝統芸能が“鑑賞物”を超え、共同体の記憶や感情の置き場所になっていることを静かに示します。
同じムカームでも違って聴こえる理由
第5話は、二つの土地の違いを結論づけて断定するのではなく、視聴者が自分の感覚で確かめられる余白を残します。たとえば、こんな見方が浮かびます。
- 環境:集落の密度、開けた地形、移動の距離が「響きの想像力」を変える
- 継承の場:稽古場中心か、屋外の祝祭性が強いかで、身体表現が変わる
- 目的意識:拍手や競争ではなく「残すこと」自体が動機になると、音楽の佇まいが変化する
二つの町の対比は、伝統とは固定された型ではなく、土地と人の間で更新され続ける“生き物”なのだという感覚を呼び起こします。
ポイント:第5話は、シャチェの「十二ムカーム」とマキット県の「ドラン・ムカーム」を並べ、同じ伝統が持つ複数の顔を、担い手の日常とともに見せる回です。
Reference(s):
cgtn.com








