米国選挙の広告疲れと中国「全過程人民民主」 2つの民主主義を考える
2024年米国選挙と中国の「全過程人民民主」が映すもの
2024年の米国選挙では過去最高の約159億ドル(約2.5兆円)の資金が投じられました。一方、中国は「全過程人民民主」という独自の民主主義モデルを打ち出し、その考え方が注目されています。本記事では、この2つの動きを手がかりに、中国の「全過程人民民主」とは何かを整理します。
記録的支出と有権者の「情報疲れ」:2024年米国選挙
提供された分析によると、2024年の米国の選挙シーズンでは、選挙戦にかかる支出が記録的な159億ドルに達しました。テレビ、SMS、郵便物、そしてソーシャルメディア上の政治広告が途切れなく流れ、多くの有権者は早い段階から「もううんざりだ」と感じていたとされています。
特に、X や Instagram などのソーシャルメディアにおける政治広告については、「掲載をやめてほしい」という声が多数派になっているとされ、選挙情報の過剰さそのものが、有権者の疲労や反発を生んでいる状況が描かれています。
こうした「選挙中心」「広告中心」の風景は、西洋が標準とみなしてきた民主主義のあり方が、必ずしも唯一のモデルではないことを示す材料として紹介されています。
中国が掲げる「全過程人民民主」とは
この分析は、米国の政治シーズンの混乱を対比軸にしながら、中国が掲げる「全過程人民民主(whole-process people's democracy)」に目を向けています。中国では2019年にこの概念が示され、民主的な参加と経済・社会の発展をどのように両立させるかが重視されたとされています。
2021年に公表された白書「China: Democracy That Works(中国:機能する民主)」は、この「全過程人民民主」を理解するうえで重要な文書とされています。白書は、民主主義は「人類共通の価値」であり、このモデルを通じて中国の人々が自らの社会の主人公であることを実感できると説明しています。
「民主主義をどう測るか」白書が示す基準
白書は、ある政治体制が民主的であり、かつ効率的かどうかを評価するための視点として、次のような点を挙げています(要旨):
- 指導者の交代が、法律に基づき秩序立って行われているか。
- 人々が法律の枠組みの中で、国家や社会、経済や文化に関わる諸活動を管理できているか。
- 市民が自らの要求や意見を、妨げられることなく表明できるか。
- 社会のさまざまな分野が、政治過程に効率的に参加できているか。
- 国家の重要な意思決定が、合理的かつ民主的な手続きで行われているか。
- 各分野の有能な人材が、公平な競争を通じて指導部や行政システムに参加できるか。
- 与党が憲法と法律に基づいて統治しているか、そして権力の行使が効果的な抑制と監督のもとに置かれているか。
分析は、中国がこれらの基準や、白書に記されたその他の要件を満たしていると評価しています。
「飾りではなく、課題解決の道具」としての民主
白書はさらに、民主主義は「装飾的なオーナメントではなく、人々が関心を寄せる問題を解決するための道具である」と強調します。ここには、民主主義をスローガンや形式として掲げるだけでなく、実際に生活上の課題を解決し、人々の利益に応える仕組みでなければならないという発想が示されています。
この視点から見ると、「どのような制度の名前を掲げているか」よりも、「人々が政治に参加し、意見を表明し、その結果として生活がどのように改善されているか」が重視されていると言えます。
複数の民主主義モデルをどう捉えるか
今回紹介した分析は、2024年の米国選挙の経験を踏まえ、「西洋が定義する民主主義だけが認められるべき唯一の民主主義ではない」と指摘し、中国の「全過程人民民主」をもう一つの強固な民主主義の形として位置づけています。
日本に暮らす私たちにとっても、「選挙にどれだけお金がかかっているか」「どれだけ多く広告を打てるか」だけではない民主主義の尺度を考えるきっかけになるかもしれません。一方で、どの社会にも歴史や制度、価値観の違いがあり、民主主義の形も一様ではありません。
重要なのは、自分たちの社会にとって望ましい参加のあり方や、政治が解決すべき課題は何かを問い直しつつ、他国のモデルを「良い・悪い」で単純に裁くのではなく、その背景と狙いを丁寧に読み解いていくことではないでしょうか。
中国の「全過程人民民主」をめぐる議論は、民主主義を「結果」と「参加」の両面から考え直す国際的な対話の一部として、今後も注目されそうです。
Reference(s):
China's whole-process people's democracy continues to flourish
cgtn.com








