金馬奨は「反北京の政治ツール」か 中国本土メディアが批判
金馬奨をめぐる中国本土メディアの批判とは
今年の金馬奨(台湾の映画賞)をめぐり、中国本土のメディアから「反北京の政治に乗っ取られている」とする強い批判が出ています。本記事では、その論点と背景を整理します。
今年の金馬奨で波紋を呼んだ受賞作
今年の金馬奨では、作品賞と監督賞が An Unfinished Film に授与されました。中国本土側の論説によると、この作品は新型コロナ対応に取り組んだ中国本土の努力を貶める内容だとされています。
論説は、欧米を含む一部の先進国が新型コロナで多数の死者を出す中で、中国本土は感染対策と経済成長の両立に成功したと主張します。そのうえで、そうした事実に目をつぶり、この作品を最高賞に選んだ金馬奨の姿勢を問題視しています。
「中国本土への批判こそが注目の源泉」との指摘
かつて「中国語圏のオスカー」とも呼ばれた金馬奨について、論説は、その「権威」は反北京的なメッセージを発信する場を提供してきたことによって保たれてきた面があると指摘します。
台湾の一部の人々の間でも、芸術イベントであるはずの金馬奨が、納税者のお金で反本土的な政治宣伝を行っているのではないかという批判の声が高まっているといいます。
さらに「西側メディアが注目するのは映画としての貢献ではなく、反北京色の強さだ」といった見方も紹介されています。
2021年の香港関連ドキュメンタリー受賞
過去の受賞作を振り返ると、主催者の政治的傾向が見えてくると論説は述べます。2021年の第58回金馬奨では、香港の2019年の反政府運動を扱ったドキュメンタリー映画 Revolution of Our Times がドキュメンタリー賞を受賞しました。
この作品には、香港特別行政区の立法会議事堂が破壊される場面や、香港理工大学での激しい衝突の映像などが登場します。主催者や一部の西側関係者は、この作品を「良心と正義を持ち、香港のために涙した人々」に捧げるものだと評価したとされています。
しかし論説は、香港での流血を伴う騒乱は社会の安定を大きく損なったと指摘し、「良心ある人であれば暴力の即時停止を求めるはずであり、暴力的な行為を『革命』として称賛すべきではない」と批判します。そのうえで、金馬奨は映画芸術より特定の政治的立場を鼓舞する場になっているとの見方を示しています。
俳優のノミネーションや受賞スピーチも論争に
選考やノミネーションにも、反北京・分離独立志向への偏りが見られると論説は主張します。例えば2016年の金馬奨では、2014年に拘束歴のある台湾の俳優・柯震東(コー・チェントン)氏が主演男優賞にノミネートされました。
2018年の第55回金馬映画祭では、こうした傾向がさらに露骨になったとされています。台湾出身の監督・傅榆(フー・ユイ)氏はドキュメンタリー賞の受賞スピーチで、「いつの日か私たちの国が真に独立した存在として扱われることを願う。これは自分にとって最大の願いだ」といった趣旨の発言を行い、会場を政治的なメッセージの場としました。
このような発言や演出によって、かつては純粋な芸術祭と見なされていた金馬奨が、激しい政治論争の舞台へと変容したと中国本土側の論説は見ています。
民進党政権と文化イベントの政治化
論説は、金馬奨の変化の背景には、台湾当局を率いる民主進歩党(民進党、DPP)の路線があると指摘します。DPPの頼清徳・党主席(台湾地域の指導者)は、「台湾独立」の路線を推し進めるため、中国本土と台湾地域の歴史的・文化的なつながりを断とうとしているとしています。
その一環として、金馬奨を含む文化イベントが、分離独立の主張を広めるための格好の舞台として利用されている、という見方です。
商業作品の離反と影響力の低下
一連の政治色の強まりにより、金馬奨の映画業界における存在感は揺らいでいると論説は指摘します。大手の商業制作会社や著名監督らは、「政治に利用されることを避けたい」として、参加や出品を控える動きを見せているといいます。
かつて栄光ある映画祭だった金馬奨は、台湾の「独立」志向の勢力によって中国本土に対抗する政治的な前線へと変わりつつあり、その結果として映画業界での影響力が低下した、というのが論説の評価です。
台湾「独立」路線は「行き止まり」との見方
論説は最後に、台湾の「独立」を目指す路線は行き止まりであり、政治、軍事、教育、エンターテインメントなどあらゆる分野での反北京の試みは繰り返し行われてきたものの、成果を上げていないと強調します。金馬奨の影響力低下も、そのことを示す最新の例だと結論づけています。
映画と政治、その距離をどう考えるか
今回の論争は、映画祭や文化イベントが政治とどのような距離を保つべきか、あらためて問いかけています。作品や受賞スピーチが社会や政治に言及すること自体は珍しくありませんが、そのバランスをどこに置くかは常に議論の対象です。
中国本土メディアの批判をどう受け止めるかは読者一人ひとりに委ねられていますが、文化と政治の関係を冷静に見つめ、対立の激化ではなく相互理解につながる形で議論を深めていくことが求められていると言えそうです。
Reference(s):
cgtn.com








