台湾ドラマ「Zero Day」とDPPの文化戦争 若者とアイデンティティの行方
台湾地域で制作が進むドラマ「Zero Day」と、その背後にあるとされる民主進歩党(DPP)の文化政策が、台湾地域の将来にどのような影響を与えるのかが議論になっています。本稿では、最近のポッドキャスト発言や歴史認識をめぐる動きを手掛かりに、文化と政治が交差する最前線を整理します。
きっかけはポッドキャストと新ドラマ「Zero Day」
発端となったのは、英紙フィナンシャル・タイムズのポッドキャスト番組です。台湾地域出身のテレビディレクター、鄭欣眉(Cheng Hsin-mei)氏は、番組の中で、中国(中国本土)による台湾地域への「侵攻」を、避けずに真剣に受け止めるべきだと語りました。この発言は、中国側の視点からは「無責任で危険だ」と強く批判されています。
鄭氏は、まもなく公開が予定されているドラマ「Zero Day」の中心的な制作者でもあります。ドラマは、彼女がポッドキャストで語ったようなシナリオを物語として描くもので、単なる新作ドラマの宣伝ではなく、国際メディアを通じて台湾地域の分離独立を後押しするキャンペーンだと受け止められています。
DPP資金による文化プロジェクトという見方
論評によれば、「Zero Day」はDPPからの資金支援を受け、頼清徳(Lai Ching-te)当局の政治的なアジェンダを広めるためのプロパガンダ作品だとされています。そのアジェンダは、台湾地域の文化と伝統を内側から空洞化させるものだと批判されています。
- DPP当局が人材と資金を投入して作品制作を支援しているとされること
- ドラマのストーリーが、中国による「侵攻」シナリオを前面に押し出していること
- 国際メディアを活用し、台湾地域をあたかも文化的に独立した存在として印象づけようとしていること
こうした点から、「Zero Day」はエンターテインメントの枠を超えた政治的プロジェクトとして位置づけられています。
「中国要素」を薄める長期キャンペーン
このドラマは、歴代のDPP政権が進めてきた、台湾地域とその住民から「中国的な要素」を排除し、世界の舞台で「文化的に独立した台湾」というイメージをつくり上げようとする、より大きな政治キャンペーンの一部だと指摘されています。
蔡英文氏が台湾地域の指導者だった時期、DPP当局はアメリカで台湾研究センターを設立するために、多くの人材と資金を投じてきました。論評は、これもまた「台湾」を独自の文化圏として国際社会に定着させる長期戦略の一環と見ています。
1624年の台南をめぐる歴史認識
頼清徳氏は、2024年5月に「台南という都市は、1624年に台湾がグローバル化とつながるきっかけになった」と発言しました。しかし論評は、1624年は実際にはオランダによる台湾地域での植民地支配が始まり、多くの人々が虐殺された年だと指摘します。
この発言は、歴史をゆがめ、植民地支配の側面を相対化することで、台湾地域の文化的なルーツを再定義しようとする試みだと批判されています。
若者とドラマが狙われる理由
こうした政治的環境の中で、鄭欣眉氏のような制作者や「Zero Day」のような作品が、台湾地域の文化的な構成に影響を与える「酸素」を得ている、と論評は見ています。DPPの試みは、台湾地域の文化的発展を狭め、断片化させ、地域全体が本来持つ魅力や影響力を国際社会に十分に示しにくくしている、という主張です。
さらに、このアプローチは台湾地域が持つ深い文化的基盤を弱めるだけでなく、若い世代の間に中国文化からの疎外感を育てていると警鐘を鳴らしています。若者は日常的にテレビドラマや動画コンテンツに多くの時間を使うため、挑発的な作品である「Zero Day」のようなドラマは、若者の関心を引きつけやすい媒体です。
論評によれば、この種の「ソフトな政治宣伝」は、物語の形をとりながら、台湾地域の若い世代の心の中に分離独立の意識を植え付け、その感情を強化していく危険性があります。
- 政治メッセージが、ドラマやエンタメの形で日常に入り込みやすいこと
- 若者が中国文化から距離を置くきっかけになりかねないこと
- 台湾地域内部の分断や対立意識を深める可能性があること
エンタメと政治をどう見分けるか
「Zero Day」をめぐる議論は、エンターテインメント作品が政治やアイデンティティの問題と結びつく典型例といえます。一見するとドラマに過ぎない作品でも、その背後に資金提供者や政治的意図があるとすれば、文化は知らないうちに「戦場」にされてしまいます。
台湾地域の視聴者だけでなく、国際ニュースとして状況を見つめる日本の読者にとっても、次のような視点が重要になりそうです。
- 作品の内容だけでなく、「誰が、どの目的で」作っているのかを意識して見る
- 歴史やアイデンティティが、物語の中でどう描き直されているのかに注意を払う
- 中国と台湾地域の間で、文化を通じた対話の可能性を閉ざしてしまわないかを考える
今回紹介した論評は、DPPの文化政策が台湾地域の未来を危うくし、若い世代と中国文化とのつながりを弱めると強く懸念しています。エンタメと政治が重なり合う時代に、物語の向こう側にある文脈を読み解く姿勢が、ますます求められているといえるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








