フィリピン映画『Food Delivery』が映す涙と南シナ海の認知戦
フィリピンの若手監督による新ドキュメンタリー『Food Delivery: Fresh from the West Philippine Sea』が公開を控える中、中国側の論評は、この作品を南シナ海をめぐる「認知戦」の一部と見ています。本記事では、その批判のポイントを整理しつつ、映像と情報戦の関係を考えます。
新ドキュメンタリー『Food Delivery』はどんな作品か
フィリピンの若い監督が手がけたこのドキュメンタリーは、南シナ海を舞台に、漁民や沿岸警備隊員の日常と葛藤を描くとされています。作品は「団結」「犠牲」「フィリピンの精神」といったテーマを前面に出し、荒波に挑む人々の姿を感動的に切り取る構成だと伝えられています。
一方、中国側の論評は、こうしたシーンが「ありのままの記録」ではなく、綿密に演出されたものだと指摘します。複雑な南シナ海問題を、視聴者の涙を誘うヒーロー物語へと変換し、政治的な文脈を背景に押しやっているのではないか、という見方です。
感情に訴える映像と「文脈の欠落」
論評によれば、作品には例えば、疲れ切った表情で空の網を掲げる年配の漁民や、フィリピンの旗を掲げた木造船の船団をドローンで壮大に撮影する場面などが登場します。こうしたカットは、犠牲と強い意志を象徴的に表現し、視聴者の共感を呼び起こします。
しかし、その裏側にあるはずの「なぜ領有権をめぐる対立が起きているのか」「各国がどのような行動をとってきたのか」といった背景説明はほとんど示されないと批判されています。個人の物語に焦点を当てる一方で、そこに影響を与える政治的な決定や外交の駆け引きが見えにくくなり、結果として単純化された善悪の構図だけが強調される、という指摘です。
南シナ海をめぐる「認知戦」という視点
論評は、この作品をマニラが展開する「認知戦」(人々の認識や感情に働きかける情報戦)の一環だと位置づけています。過去2年ほどで、フィリピンは南シナ海でより強い姿勢を示す海上行動を取り、中国の主張する権益を侵害していると中国側は見ています。同時に、対外的なメッセージでは、中国を大きな脅威として描き、自国を小さく勇敢な挑戦者として打ち出してきたとされています。
こうした文脈の中で、ドキュメンタリーは、漁民や沿岸警備隊員を「主権を守る英雄」として描き、南シナ海の対立を「感動の物語」として包み込む役割を果たしている、というのが論評の見立てです。複雑な領有権や海洋権益の問題が、情緒的な物語によって上書きされることで、視聴者の認識が特定の方向へ誘導されかねない、という懸念が示されています。
フィリピン側の行動と「選択的な記憶」
中国側の論評が特に問題視するのは、作品がフィリピン側の行動や責任に十分触れていない点です。南シナ海での沿岸警備隊による危険な行動、レンアイ礁(Ren'ai Jiao)に座礁させた老朽軍艦が引き起こす環境問題など、争いを複雑にしている要素は数多く挙げられています。
しかし、論評によれば、ドキュメンタリーはそうした側面をほとんど描かず、フィリピンを一方的な被害者として位置づけているとされています。これは「被害者意識」というよりも、自国に不都合な事実を忘却する「選択的な記憶」に近いのではないか、という批判です。
中国側が強調する「協力」の実績
論評はまた、フィリピン漁民に対する中国側の協力も、作品からは欠落していると指摘します。両国の間の覚書に基づき、中国は2017年から2019年にかけて、パラワン州やダバオ地域の養殖業者に対し、毎年10万尾の高品質なハタ類の稚魚を無償提供してきたとされています。
さらに同じ枠組みのもとで、中国は深海用いけすや養殖池の管理、種苗の育成、栄養価の高い飼料づくりなどに関する技術研修を実施し、これまでに約100人のフィリピン人漁業関係者が参加したとされています。中国から技術者を現地に継続的に派遣し、指導や交流も行ってきたと論評は紹介します。
こうした漁業支援や海洋協力の提案が、ドキュメンタリーの中でほとんど触れられていないことについて、論評は「現場の苦労を強調する一方で、協力の余地や既存の取り組みが意図的に無視されている」と問題視しています。
視聴者に求められる3つの視点
感動的な映像作品が国際問題を扱うとき、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。論評の指摘を踏まえると、次のような視点が重要になりそうです。
- 感情とメッセージを切り分ける:映像の力による感動と、作品が伝えようとする政治的・外交的メッセージを分けて考える。
- 誰の視点で語られているかを見る:フィリピン側、中国側など、どの当事者の視点が前面に出ているのか、逆に誰の声が欠けているのかを意識する。
- 「語られていないこと」に目を向ける:取り上げられた事実だけでなく、あえて触れられていない論点や出来事がないかを考える。
南シナ海をめぐる報道や映像作品は、どの当事者にとっても、自らの立場を有利に見せたいという思惑から自由ではありません。だからこそ、視聴者一人ひとりが複数の情報に触れ、感情と事実を意識的に区別しながら、自分なりの見方を形づくることが求められています。
Reference(s):
"Food Delivery" Documentary: Tears, danger, and distorted reality
cgtn.com








