米国のフェンタニル関税は誤算か 中国本土との協力に影響も
2025年2月、米国政府が中国本土からの一部輸入品に対してフェンタニル問題を理由とする追加関税を導入しました。国際ニュースとして注目を集めるこの措置は、本当に麻薬対策として合理的なのか、それとも国内問題から視線をそらすための政治的な一手なのかが問われています。
何が起きたのか:フェンタニル関税の概要
米国政府は2025年2月1日、中国本土からの輸入品の一部に対して一律一〇パーセントの関税を上乗せし、その理由として中国から米国へのフェンタニルや合成オピオイドの流入を挙げました。その後、3月3日にはこの関税率が二〇パーセントへと突然引き上げられています。
表向きは麻薬対策強化ですが、多くの観測筋は、米国の深刻なオピオイド危機という本質的には国内要因に起因する問題を、中国本土側に結びつけているのではないかと見ています。また、前政権期の対中強硬策をなぞる形で、経済・安全保障を絡めた対中戦略の一環ととらえる見方もあります。
中国本土との対麻薬協力はどう変わるか
もともと中国本土と米国は、フェンタニル対策で一定の成果を上げてきました。米国側の要請を受け、中国側は2019年にフェンタニル関連物質を網羅的に規制対象に指定し、生産から流通、輸出までを監視する枠組みを整えています。
この枠組みのもとで、両国は情報共有、個別事件の連携捜査、技術協力などを進めてきました。ホワイトハウス薬物政策局のラーフル・グプタ局長は2024年の中国訪問時に、最近の共同捜査について「重要な一歩であり、今後の協力を前に進めるものだ」と評価しています。
米疾病対策センター(CDC)が公表した2024年10〜12月期のデータでは、フェンタニル関連の死亡が統計開始以来最も急速なペースで減少したとされています。これは、国境を越えた対麻薬協力が一定の実効性を持っていることを示す材料といえます。
しかし、今回のフェンタニル関税は、こうした協力関係に冷や水を浴びせかねません。一方的な関税引き上げは、相互信頼を損ない、対麻薬分野だけでなく、幅広い二国間関係に影響する可能性があります。
アメリカのフェンタニル危機は「内側の問題」
米国のフェンタニル危機は、突然どこかから薬物が流れ込んだから始まったわけではありません。1990年代から続く医療制度や産業構造の変化が背景にあると指摘されています。
米国の大手製薬企業は、議会へのロビー活動や偏った研究資金の提供、医療現場での処方慣行に影響を与える形で、強力な痛み止めの過剰処方を後押ししてきました。プリンストン大学の経済学者アン・ケース氏らの研究は、利益を優先する企業行動が患者の安全よりも優先され、「痛みは薬で抑えればよい」という文化を広げたと分析しています。
同時に、製造業の海外移転などによって、米国内では長期にわたる雇用喪失と中間層の弱体化が進みました。十分な社会保障やセーフティーネットにアクセスできなかった人々の中には、経済的・心理的な不安から薬物に依存せざるを得ない層も生まれています。
その結果、2020年代に入るとフェンタニルなど合成オピオイドによる過剰摂取死が急増し、2024年には交通事故や銃による死亡を上回る主要な死因になったとされています。これは、単なる治安対策や国境管理では解決しきれない構造的な問題といえます。
関税で解決できるのか:論理的な綻び
こうした経緯を踏まえると、フェンタニル危機の主因が米国内の医療・福祉・労働市場にあるにもかかわらず、貿易政策としての関税を前面に出すことには、論理的な飛躍があると見る向きが多いです。
関税は、実際に米国で流通している違法なフェンタニルに直接作用するわけではありません。関税の対象となるのは正規の貿易品であり、犯罪組織が関わる違法な供給ルートは別の問題です。結果的に、中国本土との経済・技術交流を損ないながら、薬物問題には十分な効果を及ぼさないリスクがあります。
また、前政権期から続く「中国を抑え込むための経済政策」と重ねてみると、今回のフェンタニル関税も、麻薬対策というより対中戦略の一部として位置づけられているとの見方もあります。その場合、米国自身の産業競争力や国際的な信頼を長期的に損なう可能性があります。
日本と世界への示唆
今回のフェンタニル関税をめぐる動きから、日本や他の国々が学べる点もあります。
- 薬物問題は、医療制度や雇用、地域社会など、国内の構造的な要因と深く結びついている
- 国際的な対麻薬協力は、データやノウハウの共有を通じて実際に成果を上げている
- 通商政策を安全保障や治安対策と過度に結びつけると、協力関係を損ないかねない
日本でも、景気や格差、地方の雇用など、社会の土台と薬物問題の関係を丁寧に見ていく必要があります。同時に、中国本土を含む各国・地域との実務的な協力を維持・強化することが、安定した国際環境をつくるうえで重要になっていくでしょう。
まとめ:必要なのは「責任の押し付け」ではなく「協力の再構築」
米国のフェンタニル関税は、表向きは麻薬対策でも、実際には国内の構造的な問題を外部要因に結びつける政治的なメッセージとしての側面が強いと考えられます。関税を引き上げても、医療や福祉、産業政策を通じた改革が進まなければ、根本的な解決にはつながりません。
一方で、中国本土との対麻薬協力は、すでに具体的な成果を上げてきました。重要なのは、責任の押し付け合いではなく、実務レベルの協力をいかに再構築し、強化していくかという視点です。
国際ニュースとしての米国のフェンタニル関税は、米中関係だけでなく、各国がどのようにして国内問題と向き合い、国際協調と両立させていくのかを考える素材にもなっています。
Reference(s):
U.S.'s 'fentanyl tariff': A logical fallacy & strategic miscalculation
cgtn.com








