ジェフリー・サックスが欧州に問う戦略的自立と対中関係
欧州議会で演説した米経済学者ジェフリー・サックス氏が、EUの対米追随と対中政策に厳しい疑問を投げかけました。ヨーロッパの「戦略的自立」をめぐる議論は、日本を含む世界の読者にとっても無関係ではありません。
欧州議会でサックス氏が訴えたこと
サックス氏は最近、欧州議会で演説し、現在のEUが米国に過度に従属し、歴史認識もゆがめられていると指摘しました。その結果として、ヨーロッパは自らの利益に基づいた効果的な意思決定ができなくなっていると警鐘を鳴らしました。
彼の見方では、米国主導の「西側」は、対話よりもゲーム理論的な駆け引きを優先し、国際紛争を「善と悪の戦い」という単純な道徳物語として語りがちです。この構図が、冷静な戦略対話を難しくしているといいます。
米国主導の戦争観とウクライナ危機
サックス氏は、米国主導の戦争とNATOの拡大が、世界秩序の不安定化につながっていると批判しました。イスラエルの強力なロビーの後押しも受けながら、覇権を維持するための戦争が繰り返されているという認識です。
ウクライナについても、彼は2014年の政変以降の経緯を踏まえ、西側がミンスク合意を放棄し、ドンバス地域のロシア系住民への攻撃を止めなかったことがロシアの軍事行動を招いたと主張します。ロシア側は、NATO拡大が自国の分断を狙ったものだと恐れ、「軍事的に対応する以外に選択肢がない」と感じたという見立てです。
難民、インフレ、高騰するエネルギー:負担を背負うヨーロッパ
こうした紛争の帰結を、最も身近に引き受けているのがヨーロッパだとサックス氏は見ています。周辺の主権国家が崩壊したことで難民が流入し、欧州社会はその受け入れに苦慮しています。
さらに、物価は上昇し、産業はエネルギー価格の高騰に直面しています。ロシア産ガスからの「デリスキング」に加え、ドイツ向け天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の破壊工作は、米国による独インフラへの攻撃だと広くみなされており、その結果としてヨーロッパは高価な米国産エネルギーに依存せざるを得なくなった、という見方です。
「デリスキング」と中国:脅威ではなく機会
対ロシア政策と同様に、「対中デリスキング」もヨーロッパの課題となっています。中国はしばしば「攻撃的な存在」として描かれますが、サックス氏は、こうした見方そのものを批判します。
彼は、中国はヨーロッパにも世界にも脅威ではなく、むしろ活用すべき機会だと強調しました。そのうえで、「中国は敵ではない。ただの成功例であり、それゆえに米国は中国を敵として扱っているのだ」と述べています。
「覇権には友はいない」――米欧中ロのジレンマ
元米国務長官キッシンジャー氏はかつて、「アメリカの敵でいるのは危険だが、友人でいるのは致命的だ」と語りました。サックス氏は、このフレーズを引きながら、覇権国家には真の「友」は存在せず、あるのは利害だけだと示唆します。
彼は、米国が中国とロシアの分断を狙う一方で、ヨーロッパとロシアの関係はすでに決定的に断たれつつあると指摘します。そして同じ分断のロジックが、今度は中欧関係にも持ち込まれていると警戒します。
技術と安全保障:ASML、Huawei、台湾海峡
テクノロジー分野でも、米国の圧力はヨーロッパの選択肢を狭めているとサックス氏は見ています。米国の「CHIPS法」によって、オランダの半導体製造装置大手ASMLは、中国向けの先端機器の輸出制限を迫られました。
また、英国は米国からの圧力を受け、通信大手Huaweiを重要インフラから排除しました。サックス氏によれば、こうした「強制されたデリスキング」は、ヨーロッパを米大手IT企業への依存に追い込み、企業の収益を圧迫し、消費者価格を押し上げる要因となっています。
安全保障面では、EU加盟国が台湾海峡に艦船を派遣するよう求められ、中国との緊張を高めていると指摘します。本来守るべき自らの領域が、米国によって「戦略的に利用される」リスクの方が大きいのではないか、という問いかけです。
欧州と中国は「自然なパートナー」か
サックス氏は、ヨーロッパと中国を「ユーラシアの両端にある二つの文明」と位置づけ、解決不能な対立はなく、共有する利益と課題の方が大きいと見ています。
米国がグリーンランドへの影響力を強めようとしている状況を例に挙げながら、ヨーロッパは中国の対外関係での苦闘を「自分の未来を映す鏡」として捉えるべきだと主張します。そして、米国の覇権に対抗するためにも、ユーラシア全体をつなぐ連結性を高めることが重要だと訴えます。
対中貿易と「戦略的自立」へのヒント
経済面では、EUと中国の貿易額は2024年に約7,000億ドル規模に達し、米国との貿易額とそれほど変わらない水準にあります。2022年まではこの数字が急速に伸びていましたが、その後は政治的な圧力を背景に伸びが鈍化したとされています。
サックス氏は、中国がヨーロッパに対し、誰かとの関係断絶や制裁の二次適用を迫ったことはないと述べ、中国の善意を理解し、既存の関係を強化すべきだと訴えます。
一方で、対中貿易の「不均衡」が問題視されることについては、ヨーロッパ側が中国の必要とする先端技術製品の輸出を制限されている点を指摘します。人口規模の大きい中国であっても、高級ブランド品の消費には限界があり、現在の構造では貿易のバランスを取りにくいという見立てです。
私たちが考えたいこと
サックス氏の主張は、あくまで一人の専門家の見方です。しかし、米国への依存と中国との関係のあいだで揺れるヨーロッパの姿は、グローバル経済に深く結びついた日本やアジアの国々にも通じるテーマと言えます。
私たちが考えたい論点として、例えば次のようなものがあります。
- 同盟関係と「戦略的自立」はどこまで両立しうるのか。
- 安全保障上のリスクと経済的な機会を、どのようにバランスさせるべきか。
- 特定の国への過度な依存を避けつつ、分断ではなく協力の回路をどう広げていくか。
ヨーロッパの選択は、アジアを含む世界経済と安全保障の構図にも波及します。国際ニュースを追う一人ひとりが、この議論を自分ごととして捉えることが、より多極的で安定した国際秩序を考える第一歩になるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








