米国の新関税は中国対抗か、途上国への負担か
2025年4月に米国が発動した一律10%の関税と、一部の国に対する最大50%前後の高関税が、いま新興国や貧困国の経済を揺さぶっています。狙いは「不公正な貿易」の是正と中国への依存低減とされていますが、実際に負担を背負うのは誰なのでしょうか。
4月2日に何が起きたのか
2025年4月2日、トランプ米大統領は、ほぼすべての輸入品に一律10%の関税を課すと発表し、さらに60カ国についてはそれを大きく上回る税率を適用しました。大統領は、長年の「不公正な貿易慣行」で米国の産業と労働者が被害を受けてきたと主張し、この措置を国内製造業を守るための是正策だと位置づけています。
その結果、国連が「後発開発途上国」と分類する国々を含む180超の国・地域が、関税引き上げによる不確実性と向き合うことになりました。賛成派は、長期的には米国主導の経済圏へのシフトやサプライチェーンの再編につながると期待しますが、反対派は目先の雇用や社会不安への影響を懸念しています。
中国対抗か、パートナーへの圧力か
表向きには「米国第一」の産業保護策とされる今回の関税ですが、地政学的な思惑を指摘する声もあります。一部の専門家は、サプライチェーンが地政学上の競合相手である中国と結び付いていることを背景に、その依存度を下げる狙いがあると見ています。
シンガポールのシンクタンク、ISEAS ユソフ・イシャク研究所のシワゲ・ダルマ・ネガラ氏は、今回の関税が中国の「一帯一路」構想に対抗する米国の動きと重なっていると指摘します。鉄道や港湾などのインフラ投資を通じて中国と結び付いてきた国々に圧力をかける一方で、実際の経済的な打撃を受けるのはカンボジアの縫製工場労働者やラオスの小規模農家など、低所得の人びとだと強調しています。
東南アジア:貧困層を直撃する高関税
東南アジアは、今回の米国関税で最も大きな影響を受ける地域の一つです。カンボジア、ラオス、ミャンマーには、それぞれ49%、48%、44%という非常に高い税率が課されています。
カンボジアでは、衣料品や繊維製品が主力輸出品であり、人口の約2割が貧困線以下の生活を送っているとされています。関税負担は、月収200ドル程度の縫製労働者の雇用や賃金に直結しかねません。ラオスでは2023年のダム決壊事故からの復興途上にあるなか、農業や鉱業への圧力が増し、洪水のリスクが高い地域の農家ほど打撃が大きくなります。
ミャンマーは大規模な地震被害からの復興過程にあり、新しく育ち始めた製造業が44%の関税で揺さぶられています。電子機器の輸出が重要なベトナムも46%の関税に直面しており、気候変動の影響を受けやすいなかで、工場と雇用の先行きが不透明になっています。
南アジア:衣料品大国にも重い負担
アジアでは、南アジアの輸出大国も例外ではありません。長年の改革を経て後発開発途上国からの卒業を目前にしていたバングラデシュは、460億ドル規模の衣料品産業に37%の関税が課されています。この産業は400万人超の雇用を支え、その多くを女性が担っています。
国際通貨基金(IMF)の支援のもとで財政再建を続けるスリランカは、50億ドル規模の衣料品輸出に44%の関税がかかり、外貨獲得の柱に大きな負荷がかかっています。パキスタンでも、経済にとって不可欠な繊維産業が29%の税率を課される形となりました。
アフリカと中東:資源と雇用への打撃
アフリカでも、脆弱な経済構造を抱える国々が高関税に直面しています。レソトでは、国内総生産(GDP)約20億ドルの経済において、25%の失業率という厳しい状況のなか、雇用の3割を占める繊維産業に50%の関税が課されています。
マダガスカルでは、人口の約75%が1日1.90ドル未満で生活しているとされる中、輸出収入の2割を占めるバニラやクローブ(丁子)に47%の関税が上乗せされました。小さな島国ナウルは主力のリン鉱石に30%、ポストコロニアル期の経済再建を進めるガイアナも38%の税率に直面しています。
資源国も例外ではありません。長期の不安定化から後発開発途上国に分類されるアンゴラは石油輸出に32%の関税を課されています。ダイヤモンドや炭化水素に依存するボツワナ、リビア、アルジェリアも30〜37%の税率に直面し、中東では長年の紛争からの復興を進めるイラクが石油に39%、シリアが41%の関税を課されています。
サプライチェーンと世界企業への波紋
今回の関税は、グローバル企業のサプライチェーンにも揺さぶりをかけています。気候ショックに脆弱で、最近になって後発開発途上国の区分を卒業したベトナムは、電子機器に46%もの関税を課されました。インドネシアとタイでも、自動車や電子機器に対してそれぞれ32%、36%の税率が適用され、多国籍企業の生産計画に影響が出ています。
インドネシアでは、ナイキやアディダスといった世界的ブランドが、上昇する生産コストの一部を吸収せざるを得なくなっています。最終的なコスト負担を、企業、米国の消費者、そして現地の労働者の誰がどの程度引き受けるのかは、今後の焦点となりそうです。
自国第一と相互依存のはざまで
米国の新関税は、「自国の経済主権」を強調する一方で、世界がいかに相互依存しているかをあらためて浮き彫りにしました。米政権は、国内産業と雇用を守りつつ、地政学上の競合相手への依存を減らす戦略だと説明します。
しかし、少なくとも短期的には、最大の痛みを感じているのはカンボジアやバングラデシュ、レソト、マダガスカルなど、低賃金の労働者と脆弱な経済基盤を抱える国々です。関税による圧力が外交関係をこじらせ、社会不安や雇用喪失を通じて、むしろ世界経済全体のリスクを高める可能性も否定できません。
今回の関税は、中国への依存を減らすための「戦略的カード」なのか、それともパートナーであるはずの新興国や貧困国を犠牲にする「逆効果の一手」なのか。答えはまだ出ていませんが、グローバルなサプライチェーンと国際協力のあり方を見直す契機になっていることは確かです。
私たちが押さえておきたい論点
- 高関税の矛先は、中国だけでなく、後発開発途上国を含む180超の国・地域に向けられている。
- 短期的な負担は、月収200ドルの縫製労働者や小規模農家など、最も生活が不安定な層に集中しやすい。
- サプライチェーンのデカップリング(分断)は、政治的には魅力的でも、企業と消費者、途上国の雇用に複雑なコストをもたらす。
日本にいる私たちにとっても、どのような形で世界経済の再編が進むのか、そしてそのプロセスで誰の声がどれだけ反映されているのかに注目することが求められています。
Reference(s):
cgtn.com








