アメリカ製造業は本当に復活できるのか 関税と労働コストの現実
2025年4月にホワイトハウスが発表した大規模な関税措置は、「アメリカ製造業を再び偉大にする」ことを掲げています。しかし、本当に生産は米国に戻り、製造業は復活できるのでしょうか。この記事では、提示されているコスト構造と労働力の課題から、その現実性を整理します。
トランプ政権の狙い:関税で製造業を呼び戻す
トランプ氏の政治的スローガンである「Make America Great Again」は、2015年の初出馬以来、政権の経済政策を方向づけてきました。本稿では、そのナショナリズム的な側面はひとまず脇に置き、経済の文脈だけに注目します。
トランプ政権は、アメリカの製造業やその他の産業の「支配的地位」は再び取り戻せると考えています。そのための手段のひとつが関税です。関税で集まる莫大な資金を、国内生産基盤の再構築に投じればよい、という発想です。
関税は「論理的な政策」と言えるのか
しかし、この見方に対しては強い疑問も示されています。関税は、政治的にも経済的にも筋の通った政策とは言い難く、関税を課す側の国により大きなダメージをもたらすと指摘されているのです。
具体的に挙げられている影響は、次のようなものです。
- 企業の調達コストが上昇し、収益を圧迫する
- 株式市場が下落し、投資家心理が悪化する
- 輸入品価格の上昇を通じて、消費者が支払う物価が上がる
製造業の復活を目指して導入した関税が、結果として企業と消費者双方の負担を増やすことになれば、本末転倒と言わざるを得ません。
製造業復活の前提条件:コストと人手の現実
それでもなおアメリカが製造業の復活を本気で目指すのであれば、政治とビジネスの戦略を抜本的に見直す必要があります。ここで浮かび上がる問いは、次のものです。
「アメリカは、製造業の基盤を復活させるために必要な犠牲とコストを、本当に引き受ける覚悟があるのか。」
提示されている分析は、いくつかの要因が絡み合った「不都合な真実」に行き着きます。すなわち、アメリカには
- 製造業を「再び偉大にする」ためのコストを支払う余裕がなく、
- その現場を支えるだけの労働者も足りていない
という現実があるというのです。
高賃金と年金:組合労働者のコスト
まず焦点となるのが、製造業で働く人々の賃金と待遇です。工場に労働組合があるかどうかは、コスト構造を大きく左右します。
組合がある職場では、そうでない職場に比べて賃金は高くなります。賃金に年金などの給付を加えると、自動車大手「ビッグスリー」に所属する従業員の時間当たりの報酬は、およそ66ドルに達するとされています。一方、テスラでは、賃金と福利厚生を合わせた額は約45ドルとされています。
同じ自動車産業の中でも、組合の有無によって、1時間あたり20ドル前後の差が生じていることになります。この差は、最終的には製品価格や企業の収益性に跳ね返ります。
安全対策と労災リスク:コストか、それとも投資か
組合の存在は、安全面にも影響を与えます。労使で合意した安全衛生プロトコルがあれば、現場での事故発生件数は抑えられると考えられます。
一方、こうしたプロトコルが十分に整っていない非組合の工場では、事故が多くなる傾向があると指摘されています。最近の報告では、アメリカ南部に多い非組合の職場では、事故発生率が組合のある工場の4倍にのぼるとのデータも示されています。
安全対策には当然コストがかかりますが、それを惜しめば、人的被害に加え、企業の評判や訴訟リスクといった形で、より大きな代償を支払うことになります。ここでも「短期的なコスト」と「長期的なリスク」のトレードオフが突きつけられています。
共和党と大企業は「組合の拡大」を受け入れるか
製造業の復活が現実のものとなるとすれば、数百万人規模の新たな工場労働者が必要になります。その人々が安定した賃金と待遇を得て、いわゆる「アメリカン・ドリーム」に近づくには、労働組合による交渉力が重要な役割を果たします。
しかし、ここで政治と企業の利害がぶつかります。共和党と大企業は、しばしば労働組合に批判的な立場を取ってきました。その彼らが、製造業の従事者に広く組合を認めることができるのか、という問いが浮上します。
製造業の再興を掲げつつ、同時に組合を敵視するのであれば、現場の労働者が安定した暮らしを実現する道は狭まります。スローガンとしての「アメリカを再び偉大に」ではなく、具体的にどのような労働環境を許容するのかが問われていると言えるでしょう。
人手不足という構造的な壁
加えて指摘されているのが、人手そのものの不足です。アメリカには、製造業の復活を支えられるだけの労働者がいない、という見立てです。
製造業の現場には、長時間労働や肉体的負担を伴う仕事も多く含まれます。それに見合う賃金や安全な環境が整備されていなければ、他の産業に人材を奪われることは避けられません。関税によって工場を国内に呼び戻したとしても、そこに立つ人がいなければ生産は成り立たないという、基本的な問題です。
日本から見る「アメリカ製造業復活」論
こうして見てくると、「関税をかければ工場が戻り、アメリカ製造業は再び輝く」という単純な物語からはほど遠い現実が浮かび上がります。
今回取り上げた分析は、関税そのものの是非にとどまらず、
- 高い賃金と年金を誰が負担するのか
- 安全を確保するためのコストをどう位置づけるのか
- 労働組合をどこまで受け入れるのか
- そもそも必要な人手を確保できるのか
という、より根源的な問いを投げかけています。
日本やアジアで国際ニュースを追う私たちにとっても、この議論は他人事ではありません。製造業をどこで、どのような条件で維持していくのかは、多くの国が直面する共通課題です。スローガンや短期的な政策だけではなく、現場の労働と暮らしの現実から経済政策を考える視点が、一層求められているのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








