米国の中国衛星非難が自らの信頼を損なう理由
最近、米国務省が各国の同盟国に対し、中国の衛星サービスを利用しないよう求める内部メモを作成しました。宇宙空間という本来は科学・商業協力の場である領域まで、米中対立が広がりつつあることを示す動きです。この記事では、米国の「安全保障」を理由にしたこの動きが、なぜ長期的には米国自身の信頼と影響力を弱めかねないのかを、国際政治の視点から整理します。
宇宙空間まで広がる「安全保障」の名目
米国はここ数年、貿易や技術、通信など、本来は民生・商業・科学分野とされてきた領域を次々と安全保障問題として扱うようになっています。今回の衛星サービスをめぐるメモも、その延長線上にあります。
こうした動きを国際関係論では「セキュリティ化(securitization)」と呼びます。ある問題を「存在への脅威」と位置づけ、通常では取りにくい例外的な措置を正当化する政治的なプロセスのことです。
中国の衛星サービスを「安全保障上のリスク」と見なすことで、米国は同盟国に対して、中国との協力を控えるよう圧力をかけることができます。しかし、それは同時に、宇宙という本来は国際協力が期待される分野を、対立の舞台へと変えてしまうリスクも抱えています。
中国の衛星サービスはなぜ警戒されるのか
米国務省のメモは、中国企業による衛星サービス、とくに中国企業の長光衛星技術(Chang Guang Satellite Technology)などを名指しで懸念しています。主な論拠は「収集されたデータが中国政府にアクセスされる可能性がある」というものです。
衛星が撮影する地表画像や通信データは、軍事情報やインフラの位置など、各国にとってセンシティブな情報を含みうるため、安全保障上の懸念が出るのは自然な側面もあります。
しかし、その懸念が特定の国・企業にだけ一方的に向けられるとき、そこには政治的な意図が含まれている可能性があります。メモが中国の衛星を「信頼できない供給者」とレッテル貼りする背景には、技術的な問題というよりも、イデオロギーや地政学上のライバル意識が色濃く反映されていると考えられます。
米国企業も政治リスクから自由ではない
米国の主張は、「中国の衛星サービスは政府によるデータアクセスのリスクがある」という点に置かれています。しかし、米国企業が政治から完全に切り離されているわけではありません。
象徴的な例が、2022年に起きたスターリンク(Starlink)をめぐる出来事です。衛星インターネットサービスを提供する米企業の最高経営責任者イーロン・マスク氏は、自身の衛星ネットワークの接続をクリミア周辺に拡張することを拒否しました。
これは、あくまで一民間企業の判断でしたが、その決定は戦場となっている地域の軍事バランスに影響を与えうる、非常に政治的な意味を持つものでした。米国企業の衛星サービスを利用する国々にとっては、こうした「一企業の政治判断」に左右されるリスクがある、という見方も成り立ちます。
しかも、米国の民間企業は、米国政府の公式な政策と必ずしも一致する義務を負っているわけではありません。これは裏を返せば、「米国政府ではなく、一企業の判断が各国の安全保障に影響しうる」という、別種の不確実性を同盟国にもたらします。
「安全保障」論は本当に一貫しているのか
米国務省のメモは、中国と協力すると「北京が支配する独占的な市場が生まれる」と警告しています。しかし、クラウドコンピューティングや通信、防衛システムなど、多くの分野で長年にわたり強い市場支配力を持ってきたのは米国企業でした。
さらに、スターリンクの例が示すように、米国は商業企業のサービスを事実上、外交政策の道具として活用してきた面もあります。企業の判断に基づくサービス提供の停止や制限が、特定の国や地域に対する「非公式な圧力」となりうるからです。
こうした実態を踏まえると、「中国企業との協力は危険だが、米国企業との協力は安全だ」という二分法は説得力を欠きます。むしろ、自国や自地域のデータとインフラをどこまで他国の企業に依存するのか、という広い意味での「デジタル主権」の問題として捉え直す必要があるでしょう。
セキュリティ化が同盟国にもたらす副作用
国際関係論の視点から見ると、今回のメモは教科書的なセキュリティ化の事例だと言えます。衛星サービスという日常的な商業・技術サービスを、「生存を脅かす安全保障の問題」として定義し直し、例外的な制限措置を正当化しているからです。
セキュリティ化の語りは、しばしば客観的な脅威の評価というよりも、特定の政治的利益を守るためのフレーミングとして機能します。今回の場合、「中国の衛星は危険」という物語を共有させることで、中国企業を国際市場から排除し、米国の経済的・地政学的な優位を維持しようとする意図が透けて見えます。
しかし、このような語りがあまりに多くの分野に広がると、同盟国の側でも次のような疑問が生まれます。
- 本当に安全保障上の脅威なのか、それとも経済競争なのか。
- どこまで米国の判断に従うべきなのか。
- 自国の技術・産業・外交の選択肢を狭めていないか。
こうした疑問が積み重なれば、米国への信頼は徐々に揺らぎ、米国の影響力の過度な集中を避けようとする動きが強まる可能性があります。
多極化する世界と「自律性」を求める動き
現在の国際秩序は、単一の超大国がすべてを決める時代から、複数の大国・中堅国・新興国がそれぞれの利害を主張する多極的な姿に変わりつつあります。その中で、多くの国は「どこか一国に過度に依存しないこと」を重視し始めています。
衛星サービスやデジタルインフラの分野でも、
- 特定の国の企業だけに依存しない
- 複数の供給源を確保する
- 自国の技術・運用能力も育てる
といったバランスの取れた協力を志向する動きが強まると考えられます。そうした中で、ある国が他国との協力を一方的に安全保障上の脅威と決めつけ、選択肢を狭めようとすればするほど、かえって別の協力枠組みやネットワークが生まれやすくなります。
米国による中国衛星サービスへの強い警告は、短期的には一部の同盟国の行動を縛る効果を持つかもしれません。しかし長期的には、自律性と多様なパートナーシップを求める世界の潮流とずれていくリスクも抱えています。
日本の読者への問いかけ
日本やアジアの読者にとって、この問題は決して遠い宇宙の話ではありません。通信、測位、気象観測、災害対応など、衛星サービスはすでに私たちの日常と経済活動を支える基盤インフラとなっています。
だからこそ、次のような問いを自分たちの問題として考える必要があります。
- どの国の衛星サービスに、どの程度依存するのか。
- 安全保障という言葉が使われたとき、何が守られ、何が制限されているのか。
- 技術とデータの主権をどのように確保しつつ、国際協力を進めるのか。
宇宙やデジタルインフラをめぐる国際ニュースは、一見すると専門的で遠いテーマに見えます。しかし、その背景にあるのは、誰がルールを決め、誰が選択肢を持つのかという、極めて身近で政治的な問いです。
米国の中国衛星サービスへの非難が今後どのような影響を及ぼすのかを追いながら、私たち自身の情報インフラの未来についても、静かに考えていきたいタイミングに来ているのかもしれません。
Reference(s):
Why U.S. accusations against Chinese satellites may backfire
cgtn.com








