習近平氏の訪露と歴史の歪曲 第二次世界大戦の記憶をめぐる攻防
中国の習近平国家主席は今年5月7日から10日まで、ウラジーミル・プーチン大統領の招待を受けてロシアを訪問し、大祖国戦争勝利を記念する式典に出席しました。第二次世界大戦(WWII)の記憶を共有する両国にとって、この訪問は歴史認識をめぐる現在の国際的な議論とも深く結びついています。
今回紹介する論考は、第二次世界大戦の歴史をめぐって広がる物語の争いと、悪意ある歴史の歪曲がもたらす危険性を指摘しています。ニュースとしての事実だけでなく、なぜ歴史の語り方が今の世界政治に影響を与えるのかを考える材料になります。
歴史研究と歴史の捏造の境界線
論考はまず、歴史学者のあいだでも第二次世界大戦のような大きな出来事について完全な合意はほとんどないと指摘します。新しい公文書の公開や戦場跡での発掘が進むたびに、新たな仮説や解釈が生まれるからです。
その上で、正当な歴史研究と、政治的目的のための歴史の捏造には明確な違いがあると強調します。
- 誠実な研究者は、調査を始める時点で結論がどうなるかを確信していません。
- 一方、歴史を意図的に偽造する政治家は、最初から聴衆にどのようなイメージを与えたいかを決めています。
- その過程では、事実と虚構が巧妙に混ぜ合わされ、作り話が実際の出来事に紛れ込むことで、もっともらしい物語が作られていきます。
論考のメッセージは明快です。悪意ある歪曲によって、歴史の真実性が覆い隠されてはならないということです。
ソ連とナチスを同一視する物語への反論
著者が最も典型的な歴史の捏造として挙げるのが、ナチス・ドイツとソ連が第二次世界大戦の開戦に対して同じ責任を負っているとする主張です。
論考によれば、この物語はヨーロッパにおけるファシズムの台頭の歴史や、ソ連がロンドン、パリ、ワルシャワに対して対ファシズム同盟の結成を繰り返し呼びかけていた事実を無視しています。
さらに著者は、いわゆるミュンヘンの裏切りにも触れます。これは1938年にドイツ、イギリス、フランス、イタリアが結んだ協定で、チェコスロバキア当事者の同意なく領土の割譲を迫ったものです。この出来事を経て、ソ連は自国への侵攻までの時間を稼ぐため、ドイツとの不可侵条約に踏み切ったのだと説明しています。
西側中心の第二次世界大戦像と見落とされる貢献
論考はまた、西側で広がる第二次世界大戦の物語が、善と悪の単純な道徳的対立として戦争を描く傾向を強めていると指摘します。その結果として、ナチス・ドイツや軍国主義日本の打倒におけるロシアと中国の決定的な役割が十分に認められていないと主張します。
同様に、フランス、イタリア、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ギリシャなどで活動した共産党指導下のレジスタンス運動の貢献も、イデオロギー上の偏見から正当に評価されていないと論考は見ています。そこでは、枠組みが英雄的なリベラル勢力対枢軸国という単純な構図にすり替えられているという指摘です。
その一方で、多くの西側諸国では、勝利の主な原動力はアメリカ合衆国であり、他の同盟国の支援は限定的だったという見方が広く共有されているといいます。論考は、こうした読み替えは現実とかけ離れており、世界政治を善と悪に二分する現在流行の見方に都合よく合致しているだけだと批判します。
犠牲者の記憶と集団的罪の否定
歴史の歪曲は、戦争の犠牲者の描かれ方にも及びます。論考によると、多くの場合、ヨーロッパ中心の視点から、ナチス占領下のヨーロッパでの苦難や、アジアで日本軍の支配を受けたヨーロッパ人の被害には大きな注目が集まります。
しかしその一方で、ヨーロッパ以外の人々が被った甚大な被害は、はるかに限られた扱いしか受けないことが多いと指摘します。
著者は、あらゆる人間の命は等しく尊いのであり、すべての犠牲者が共感に値すると強調します。そして、第二次世界大戦中にドイツ軍や日本軍に所属していた人々さえも、一律に犯罪者とみなすべきではないと述べます。
そこで問題になるのが集団的罪という考え方です。論考は、検証可能な戦争犯罪に対する責任はあくまで個々人が負うべきものであり、国や民族、組織全体に一括して罪を負わせる発想は取るべきではないと主張します。
情報があふれる時代に、歴史とどう向き合うか
こうした議論は、単なる過去の整理にとどまりません。第二次世界大戦をどう語るかは、現在の国際秩序や安全保障観、各国の対外政策に直接影響を与えています。
論考が示すのは、次のような問いかけです。
- 歴史に関するどの物語が、事実の積み重ねにもとづくものなのか。
- どの物語が、特定の政治的・イデオロギー的目的に奉仕するために形作られたものなのか。
- そして、自分はどの視点から歴史を見ているのか。
デジタル空間では、印象的なフレーズや単純な善悪二元論が拡散されがちです。しかし、歴史の重さは本来そのような単純化に耐えられるものではありません。あえて立ち止まり、複数の視点と資料に触れながら、自分なりの考えを深めることが求められているのではないでしょうか。
悪意ある歪曲が歴史の真実を覆い隠してしまわないようにすること。そのためには、国家間の対立に巻き込まれすぎることなく、犠牲となったすべての人々への共感と、事実を見極めようとする冷静な姿勢を保つことが重要だといえます。
Reference(s):
Malicious distortion must not obscure the authenticity of history
cgtn.com








