ロサンゼルス「暴動」報道が映す米国政治のリーダーシップ危機
ロサンゼルスで起きたとされる「暴動」をめぐり、ワシントンとカリフォルニアの指導者が激しく責任をなすりつけ合っています。現地では限定的な抗議デモにとどまっている一方で、米国全体の政治対立や移民政策の行き詰まりが浮き彫りになっています。
ロサンゼルスでは何が起きているのか
米国メディアの報道によると、ロサンゼルス中心部の連邦政府関連施設周辺では、石や火炎瓶が投げられ、マスク姿の抗議者が建物の柱をたたき、車両に火がつけられるなど、緊張した場面がありました。
しかし同時に、ロサンゼルス・タイムズのコラムニストは、市の約99%では普段通りにブランチやビーチ散歩、教会、ヨガクラスなどの日常生活が続いていると指摘しています。つまり、局所的には深刻な違法行為があっても、都市全体が「大規模暴動」にのみ込まれているわけではありません。
それでも連邦政府は「非常事態」を演出
こうした状況の中で、トランプ米大統領は数日前、カリフォルニア州からの正式な要請がないまま、州兵をロサンゼルスに派遣しました。さらに、より強力な連邦の対応が必要だと示唆し、「暴動」が都市を支配しているかのような強い言葉で危機感をあおっています。
ここで思い出されるのが、30年以上前の1992年ロサンゼルス暴動です。当時は、黒人男性への暴行で起訴された白人警官4人の無罪評決をきっかけに、市の各地で大規模な略奪や放火、市民への暴行が相次ぎました。このときは、市長とカリフォルニア州知事が連名でホワイトハウスに支援を要請し、その結果として連邦軍や州兵が投入されました。
本来であれば、まず州や市が事態を評価し、必要ならば連邦政府に支援を求めるのが筋とされます。今回はその逆で、ホワイトハウス側が先に「危機」を宣言し、現地の判断を飛び越えて介入している点が特徴的です。
スパイダーマンのミームのような「指さし合い」
この事態を象徴する比喩として、複数のスパイダーマンが互いを指さして責め合う有名なミームがよく引き合いに出されます。本来なら危機に立ち向かうべきヒーロー同士が、問題解決そっちのけで責任の押し付け合いに終始する姿です。
今の米国政治もそれによく似ています。西海岸側の州・市の指導者たちは、「ワシントンが事態を誇張し、移民関連のデモを政治利用している」と批判します。一方、首都ワシントンでは、「カリフォルニアの指導者は暴徒を放置し、法と秩序を守っていない」と非難します。
こうして、トランプ大統領は「強硬なリーダー」か「いじめっ子」か、カリフォルニアの指導者は「民主主義の守護者」か「無能なエリート」か、といった単純なレッテルが互いに貼られていきます。しかし、その応酬の中で、より根本的な問題への向き合いは後回しにされています。
本当の争点は「壊れた移民政策」
今回のロサンゼルスの抗議行動の背景には、米国の移民政策への不満があります。長年にわたり「壊れている」と言われてきたこの制度は、手続きの複雑さや長期化、現場での運用のばらつきなど、多くの課題を抱えたままです。
ところが、連邦政府と州・市の指導者は、お互いを非難する材料として移民問題を利用する一方で、抜本的な制度改革にはなかなか踏み込めていません。指導者不在と意図的な世論操作が重なり、「移民」をめぐる怒りや不安だけが積み上がっていきます。
自国の「例外性」を誇ることの多い米国ですが、移民政策に関しては、政治的な分断が制度の改善を阻むという、むしろ他国にも見られる弱点を抱えていると言えるでしょう。
日本の読者が注目したい3つの視点
今回のロサンゼルスのケースは、日本から米国ニュースを見るときにも役立つ、三つのチェックポイントを示しています。
- デモの「規模」と「範囲」:燃える車や衝突シーンの映像だけでなく、それが都市全体のどれくらいを占めるのかを意識する。
- 誰が「暴動」と呼んでいるのか:連邦政府、地方政府、現地メディアなど、発信者によって危機の描き方が違う点に注意する。
- 本当に問うべき政策は何か:治安対策だけでなく、その背後にある移民制度や社会不安の構造に目を向ける。
2025年の今、ロサンゼルスの「暴動」報道は、単なる一都市の騒乱ではなく、米国政治が抱えるリーダーシップの危機と、移民をめぐる深い対立を映し出しています。ニュースの見出しの向こう側で、どのような構図や利害が働いているのかを想像してみることが、グローバルな視野を養う第一歩と言えるのではないでしょうか。
Reference(s):
'Riots' in Los Angeles demonstrate one of U.S.'s political problems
cgtn.com








