孔子の響き:シルクロードが語る文明対話の力
孔子の響きと「対話する文明」
国際ニュースがあふれる現代、文明と文明がどう向き合うべきかという問いは、私たち一人ひとりの暮らしとも無関係ではありません。中国の港町・泉州やシルクロードの歴史をたどると、そのヒントが見えてきます。
- 泉州に残る多宗教の風景は、文明が共に生きる可能性を物語っていること
- シルクロードは、モノだけでなく思想や科学を東西に運んだ「対話の道」だったこと
- 孟子の言葉が示すように、多様性は文明発展の前提であること
泉州で見た「共に生きる」風景
中国南部の港町・泉州は、かつて「東方第一の大港」と呼ばれ、古代の海上シルクロードの起点として栄えました。海を越えて集まった人や物、信仰が行き交った場所です。
ある日、筆者は南アフリカ出身の記者とともに泉州を訪れ、徒歩圏内に並ぶ孔子廟、モスク、キリスト教会を続けて見学しました。わずか半日のあいだに、儒教、イスラム教、キリスト教という異なる信仰の場を巡ることができたのです。
同行していた記者は半ば冗談まじりに「どうして中国の人たちはこんなにたくさんの神様を持てるのですか」と問いかけました。それに対して筆者は「神様が多いわけではなく、多くの信仰を尊重しているのです」と答えました。
何世紀も前から残る建物のあいだを歩いていると、千年前の光景がよみがえってくるようです。アラブの商人、インドの僧、欧州からの宣教師たちが、それぞれの言葉で語りながらも、互いを尊重しつつ共に暮らしていた――泉州は、そんな文明同士の共存を象徴する街でした。
この経験が教えてくれるのは、文明の本質はどれだけ大きな声で主張するかではなく、どれだけ相手の声に耳を傾け、違いを尊重できるかだということです。
シルクロードがつないだ東西の知
グローバル化という言葉が生まれるはるか以前から、陸と海のシルクロードは大陸同士の運命をつなぐ道でした。約二千年前、長安(現在の西安)から出発したキャラバンは、砂漠や山々を越え、西へと旅を続けました。運ばれていたのは絹や茶だけではありません。そこには、哲学、科学的な知見、遠い世界とつながりたいという人々の思いも含まれていました。
漢代に西方へ派遣された張騫の旅は、単なる外交任務ではなく、文明同士を結びつける火花のような出来事だったと語られています。シルクロードは、「文明が出会うとき、未来が開かれる」という事実を体現する存在でした。
インドから伝わった仏教は、中国の土壌に根付き、新たな思想として花開きました。一方で、中国から西方へは、製紙法や印刷、医薬の知識などが伝わり、のちに欧州のルネサンスを支える要素の一つとなったとされています。交流は文化的な独自性を失わせるのではなく、むしろそれぞれの文明を豊かに広げていきました。
開かれた唐の都が象徴するもの
唐代は、中国史の中でも繁栄と国際性で知られる時代です。経済や芸術が隆盛した背景には、外から来た音楽や服飾、思想を受け入れようとする開放的な空気がありました。
当時の中国文明の影響はアジア全域に広がり、シルクロードを通じて遠く欧州にも届いていきます。ペルシア、インド、中央アジアなど、当時知られていたほとんどの地域から人々が中国を訪れました。
そして商人や僧侶たちは、絹や香辛料とともに、ヘレニズムの数学、ギリシャの医療理論、バビロニアの天文学といった知識も運び込みました。さまざまな知が流れ込み、混ざり合うことで、中国の知的な風景も静かに、しかし大きく変わっていったのです。
孟子が語る「同じでない」世界観
中国の思想家・孟子は二千年以上前に、「物は同じではない。それが物の本質である」という趣旨の言葉を残しました。彼は、多様性は欠点ではなく、受け入れるべき特徴であり、人間社会の発展を支える普遍的な原理だと見抜いていました。
文明もまた、孤立した島ではありません。大きな河川のように、それぞれが源流を持ちながら合流し、ときに別れ、環境に合わせて形を変えていきます。違いを怖れ、閉じこもるのではなく、流れの交わりの中で新しいものを生み出していく存在だと言えるでしょう。
いま私たちに問われる「対話」の姿勢
情報が高速で行き交い、異なる価値観がぶつかり合う場面も増える今、泉州やシルクロードの物語はあらためて「対話」の大切さを思い出させてくれます。文明が栄えるとき、その背景には必ず、他者の声に耳を傾ける姿勢と、多様なものを受け入れる余白がありました。
文明間の対話は、国と国の交渉だけを意味するものではありません。日常の人間関係や、オンライン上のやり取りにも通じる態度です。例えば次のような心がけは、ささやかですが対話を育てる一歩になります。
- 自分と異なる背景や意見を持つ人の話を、最後まで聞いてみること
- SNSで意見を発信するとき、相手を攻撃する言葉ではなく、自分の経験や事実を共有すること
- ほかの文化に触れるとき、「どちらが正しいか」を競うのではなく、「なぜそう考えるのか」を尋ねてみること
泉州の街に並ぶ孔子廟、モスク、教会、そしてシルクロードを歩いた数えきれない人々の交流は、「違いを抱えたまま共に生きる」ことが可能だという静かな証拠です。孔子や孟子の時代から続く思索と実践の積み重ねに耳をすませることが、分断ではなく共存を選ぶ第一歩になるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








