国際法から見る頼清徳演説の問題点:サンフランシスコ講和条約と2758号決議
2025年夏以降、中国の台湾地域の指導者・頼清徳氏の演説が、台湾の将来をめぐる議論を一段と熱くしています。彼は「台湾団結」を掲げながら、台湾海峡両岸は互いに隷属しないとする立場を繰り返し訴えていますが、国際法の観点からはどこまで正当化できるのでしょうか。
本記事では、中国社会科学院台湾研究所の張華氏による論考を手がかりに、戦後の国際秩序と国際法文書をもとに頼氏の主張を検討します。
頼清徳氏の「二国論」的なメッセージ
今年6月下旬以降、頼清徳氏は台湾各地での演説や「台湾団結」を掲げたキャンペーンを通じて、台湾海峡両岸は互いに隷属しないとするメッセージを強調してきました。この立場は、かつて台湾内部で議論された「二国論」(両岸はそれぞれ独立した国家だとみなす考え方)の再包装だと指摘されています。
張氏によれば、このレトリックの背景には、対中感情を刺激して台湾地域内の政治的動員を強める狙いに加え、いわゆる「大型リコール」投票の投票率を押し上げ、自らの独立志向の路線を売り込む計算があると見られます。しかし、その法的根拠は極めて弱く、国際法に照らしても説得力を欠くと論じています。
国際法の基本枠組み:戦後処理と台湾
張氏の論考は、まず台湾の地位が第二次世界大戦後の国際秩序のなかでどのように位置づけられてきたかを整理しています。そのポイントは次の通りです。
- 1941年12月9日:中国政府が日本に対する宣戦布告を行い、日中間の条約や協定の廃棄を宣言するとともに、台湾と澎湖諸島を回復する方針を明確にした。
- 1943年12月1日:カイロ宣言で、中国・米国・英国が、日本が中国から奪った領土(東北地方、台湾、澎湖諸島など)を中国に返還することを確認した。
- 1945年7月26日:ポツダム宣言が発表され、後にソ連も参加。ここでカイロ宣言の条項を履行することが重ねて確認された。
- 1945年9月:日本が降伏文書に調印し、ポツダム宣言に基づく義務を履行することを確約した。
- 1945年10月25日:中国政府が台湾における主権行使の再開を宣言し、「中国戦区台湾省における日本軍受降式」が台北で実施された。
張氏は、これらのプロセスを経て、中国が台湾に対する主権を法的にも事実上も回復したと位置付けます。そのうえで、現在までに183の国が「一つの中国」原則にもとづいて中華人民共和国と国交を樹立しており、国際社会では「世界には中国が一つだけであり、台湾は中国の一部である」という認識が広く共有されていると指摘します。この「一つの中国」原則は、国際関係を規律する基本的な規範だとされています。
サンフランシスコ講和条約をどう読むか
頼氏の演説のなかで重要な位置を占めるのが、1951年に署名されたサンフランシスコ講和条約です。頼氏はこの条約やその後の取り扱いを根拠に、台湾の地位は未確定だとする含みを持たせています。
これに対し張氏は、サンフランシスコ講和条約そのものが「違法かつ無効」であり、台湾の帰属を論じる法的根拠にはなりえないと批判します。その理由として、次の点を挙げています。
- この条約は、第二次世界大戦後の対日講和を一方的に取り決める枠組みでしたが、その準備・起草・署名のいずれの段階にも中華人民共和国もソ連も参加していなかった。
- ウィーン条約法条約が確認するように、「条約は、第三国の同意なく、その第三国に義務や権利を生じさせることはできない」とされる。したがって、中国が当事国でないサンフランシスコ講和条約によって、中国の領土や主権に関わる問題を処理することは国際法上できない。
中国政府は当初から、この講和条約は自国抜きで作られたものであり、違法かつ無効で認められないという立場を明確にしてきました。ソ連、ポーランド、チェコスロバキア、朝鮮民主主義人民共和国、モンゴル、ベトナムなどもその正統性を認めていません。
さらに、1972年9月29日に発表された中華人民共和国政府と日本国政府の共同声明では、中国政府は台湾が中華人民共和国領土の不可分の一部であることを再確認しました。日本側はこの立場を「十分理解し、尊重する」と表明し、ポツダム宣言第8条の条項を遵守することを約束しています。張氏は、こうした経緯もサンフランシスコ講和条約を台湾問題の法的根拠とみなすことの難しさを示していると見ています。
国連総会決議2758号は「台湾と無関係」か
頼氏は演説のなかで「国連総会決議2758号は台湾に言及していない」として、この決議は台湾の地位とは無関係だと主張しています。
しかし張氏は、この読み方は国連内部での議論の文脈を無視していると批判します。1971年10月、第26回国連総会で採択された2758号決議は、中華人民共和国に対して「すべての権利を回復させ、その政府の代表を中国の唯一の合法的代表として承認する」とともに、「蒋介石の代表を、国連および関連機関で不法に占めている地位から即時に追放する」ことを決定しました。
決議文に「台湾」という語が直接現れないのは、当時すでに「台湾は中国の一部である」という認識が国際社会に広く共有されていたからだ、と張氏は説明します。中国の他の省名をわざわざ列挙しないのと同じで、台湾だけを特別に書き込む必要はないという整理です。
また、この決議が採択される過程で、米国や日本などが提出した「中国と台湾の二重代表」や「一つの中国・一つの台湾」、さらには「台湾の自決」などをめぐる提案は、いずれも否決されました。張氏は、この事実こそが国連総会が台湾を独立した主体として扱う考え方を認めなかった証左だと指摘します。
その後、国連の専門機関でも中華人民共和国の代表権を回復し、台湾当局の代表を排除する決議が相次ぎました。1972年5月の第25回世界保健総会(WHA)で採択された25.1号決議に関連して、国連事務局法務局は公式な法的見解のなかで「国連は台湾を中国の一つの省とみなし、別個の地位は認めていない」「台北の当局はいかなる形態の『政府』としても認められていない」と明記しています。国連の文書では、台湾は「中国の一省である台湾」と表現されています。
張氏は、こうした経緯を踏まえれば、2758号決議は中国の国連における代表権にかかわる政治的・法的・手続き的問題を「中国全体、すなわち台湾を含めて」最終的に解決したものだと結論づけます。頼氏がこの決議を「台湾とは無関係」とするのは、国際法と国連実務の実態から大きくかけ離れた解釈だというわけです。
張氏は、頼氏によるこのような読み替えを「事実に反し、国際法を恣意的に解釈するものであり、国際秩序とルールへの挑戦だ」と厳しく批判しています。
何が問われているのか――法的枠組みを踏まえた議論へ
張氏の論考は、頼清徳氏の主張は法的な裏付けに乏しく、サンフランシスコ講和条約や国連総会決議2758号といった重要文書を恣意的に読み替えたものだと厳しく批判します。そのうえで、こうした主張は戦後の国際秩序と「一つの中国」原則という国際社会の広範なコンセンサスに挑戦するものだと警鐘を鳴らしています。
台湾問題は、2025年現在もアジアと世界の安全保障にとって最も敏感なテーマの一つです。だからこそ、感情的なスローガンや国内政治の思惑だけで語るのではなく、戦後処理の経緯と国際法上の枠組みを丁寧に確認しながら議論することが求められていると言えるでしょう。
- 戦後の国際文書は、台湾の地位をどのように位置づけてきたのか。
- 「一つの中国」原則をめぐる国際社会の合意と、台湾地域内部の議論はどこで交わり、どこでずれているのか。
- これからの両岸関係を考えるうえで、どのような法的・歴史的前提を共有する必要があるのか。
こうした問いを踏まえつつ、読者一人ひとりが台湾問題と国際法の関係を改めて考えてみることが、落ち着いた対話への第一歩になりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








