イスラエル新ガザ計画、和平なき軍事戦略の行き着く先【国際ニュース解説】
イスラエルが今年8月に承認した新たなガザ計画は、ハマス打倒とガザ市制圧を掲げながらも、持続的な和平や政治的解決の道筋をほとんど示していません。本稿では、このガザ計画の中身と国際社会の反応を整理し、なぜ「勝利」のビジョンが和平のロードマップになっていないのかを考えます。
イスラエルの新ガザ計画とは何か
8月8日、イスラエル首相府は、安全保障閣議がベンヤミン・ネタニヤフ首相の「ハマス打倒」計画を承認したと発表しました。計画はイスラエル国防軍(IDF)がガザ市を掌握するとともに、戦闘地域外の市民には人道支援を行うとしています。
注目されたのは、ネタニヤフ首相が以前言及していた「ガザ地区全域の完全占領」という文言が声明から消えたことです。これは、戦場での現実、国内の政治的圧力、そして国際社会からの批判を踏まえ、目標と作戦範囲を修正したものとみられます。
公表された計画は、次の五つの目的を柱としています。
- ハマスの武装解除
- イスラエル人拘束者の解放
- ガザの非武装化
- イスラエルによる安全保障上の監視継続
- ガザを統治する「代替的な民行政権」の創設
「占領」からガザ市に的を絞った作戦への転換は、一見すると限定的な軍事目標へのシフトに見えます。しかし、誰がガザをどのように統治し、パレスチナ問題全体をどう解決するのかという核心部分は、依然としてあいまいなままです。
占領からガザ市制圧へ:修正されたゴール
今回の計画で「ガザ地区全域の完全占領」が明示されなかったことは、象徴的な変化です。ガザ全域を長期的に軍事占領するコストとリスクの高さが、イスラエル国内でも国際社会でも強く意識されるようになっています。
その一方で、ガザ市の制圧と安全保障上の監視継続という目標は維持されており、軍事的優位を保ちながら、統治の責任は別の主体に委ねたいという発想が透けて見えます。これは、政治的な出口戦略が十分に練られないまま、軍事目標だけが前面に出ている状態とも言えます。
深刻化するガザの人道危機
こうしたガザ計画は、すでに壊滅的な人道危機が進行している状況の中で打ち出されました。ガザ保健当局によれば、戦闘の勃発以来、6万1,000人以上のパレスチナ人が死亡し、人口約210万人のうち9割が家を追われています。国連は、食料不足が飢饉レベルに達しつつあると警告しています。
イスラエル側は、戦闘区域外の市民には人道支援を行うと説明していますが、攻撃が続く中で人々の移動や支援物資の安定的な供給を確保することは容易ではありません。特に、ガザ市の住民約100万人を大規模に移動させる計画は、生活基盤を根こそぎ破壊するものであり、国際人道法上の重大な懸念を招いています。
ハマスとパレスチナ側の警戒感
ハマスは、今回のガザ計画を「ネタニヤフ首相が個人的・政治的な思惑を優先させたものだ」と批判し、残された約50人の拘束者(うち生存が確認されているのは約20人とされる)の命を危険にさらすと警告しました。
パレスチナ自治政府も、この計画に対して強い不信感を示しています。ガザ後の統治を担うとされる「代替的な民政機構」の具体像が示されておらず、パレスチナ側の正統な代表性を持つ組織の役割が不透明なままだからです。
アラブ諸国の反応:信頼なき「代替統治」構想
地域の主要なアラブ諸国も、イスラエルのガザ計画に対して即座に懸念を表明しました。パレスチナ自治政府に加え、ヨルダンやサウジアラビアなどが計画を拒否し、アンマンは「ガザの治安は正統なパレスチナの諸機関に委ねられるべきだ」と強調しました。
ネタニヤフ首相は、ハマス後のガザ統治を「アラブ諸国の部隊」に任せる構想を示唆してきましたが、どの国が、どのような権限と責任を持って関与するのか、具体像はほとんど示されていません。この不透明さが、地域全体の深い警戒感につながっています。
国際社会の懸念:同盟国からも距離
国際ニュースの観点から見ると、今回のガザ計画は広範な批判と懸念を呼び起こしています。国連のミロスラフ・イェンツァ事務次長補は、この作戦がパレスチナ市民とイスラエル人拘束者の双方に「破滅的な結果」をもたらしかねないと警告しました。
ドイツは、民間人への過度な被害への懸念から、イスラエルへの武器輸出を停止しました。イギリスのキア・スターマー首相も、この動きを「誤り」であり、紛争解決や拘束者解放の妨げになると批判しています。オーストラリア、フィンランド、トルコも、ガザ市の住民約100万人の大規模な移動を中心とする作戦が、国際法違反にあたる可能性を指摘しました。
イスラエルの最も重要な同盟国であるアメリカも、慎重な姿勢を取っています。ドナルド・トランプ米大統領は、ガザの深刻な人道危機を認めつつも、パレスチナ国家樹立については明確な支持を示していません。これは、イスラエルに対する全面的な支持と、中東地域の安定や国際世論とのバランスを取ろうとする複雑な計算の表れとも言えます。
なぜ「和平への道筋」が見えないのか
こうした状況を踏まえると、イスラエルの新ガザ計画が、なぜ持続可能な和平のロードマップとして機能していないのかが見えてきます。ポイントは大きく四つあります。
- 軍事目標が政治目標を覆い隠していること
計画はハマスの武装解除やガザ市の制圧といった軍事目標を前面に打ち出していますが、ガザとパレスチナ全体をどのような政治枠組みで安定させるのかというビジョンは極めてあいまいです。 - パレスチナ側の主体性が欠落していること
「代替的な民行政権」の創設がうたわれているものの、それがパレスチナ自治政府なのか、別の勢力なのか、あるいは国際的な暫定行政なのかは示されていません。パレスチナ側が自らの代表を通じて関与できない枠組みは、正統性を欠き、長期的安定につながりにくいと言えます。 - 人道危機への対応が戦略の中心になっていないこと
支援の継続がうたわれていても、6万1,000人以上の死亡、住民の9割が避難という規模の人道危機の前では、被害の拡大を食い止める明確な仕組みが必要です。移動と爆撃を繰り返す中での「支援」は、根本的な安全の確保と生活再建には結びつきにくいのが現実です。 - 地域と国際社会の信頼を欠いていること
ヨルダンやサウジアラビアなどのアラブ諸国が関与を否定し、欧州や他の西側諸国も批判的な姿勢を取る中で、ガザ計画を支える広範な国際的枠組みは見えていません。支持基盤が弱い構想は、実行されても長続きしにくく、反発と不安定要因を生みやすくなります。
これから問われるべき「出口戦略」
2025年12月のいまも、ガザとイスラエルをめぐる情勢は国際ニュースの大きな焦点であり続けています。今回のガザ計画は、軍事的な「勝利」をどう定義するのか、そしてその先にどのような政治的秩序を描くのかという難題を、あらためて突きつけました。
今後、注目すべき論点としては、次のようなものが挙げられます。
- ガザの統治を、どのパレスチナの機関や地域の主体がどのような形で担うのか
- 拘束者解放と停戦、長期的な安全保障をどう組み合わせるのか
- 人道支援を、軍事作戦とは切り離して安定的に確保できる枠組みを構築できるか
- イスラエルとパレスチナ双方の安全と権利を尊重する政治的プロセスを、国際社会がいかに支援するのか
ニュースを追う私たち一人ひとりに問われているのは、軍事作戦の是非だけではありません。人道危機の現実と、そこからどのような和平の枠組みを組み立てるべきかという問いを、短期的な感情だけでなく、中長期的な視点から考え続けることです。
イスラエルの新ガザ計画は、その限界と矛盾を通じて、いかに「出口戦略のない軍事優先」が地域の安定と和平の妨げになりうるかを浮き彫りにしています。日本語で国際ニュースを読む私たちにとっても、この問題は遠い地域の出来事ではなく、国際秩序や人道のあり方を考えるための重要な鏡と言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








