終戦80年、台湾地域の頼清徳氏に「歴史歪曲」批判 中国本土側論評
2025年8月15日の第二次世界大戦終結80年の節目に、台湾地域の指導者・頼清徳氏がSNSに投稿したメッセージをめぐり、中国本土側の論評が「歴史をゆがめている」と厳しく批判しています。終戦記念日の語り方をめぐる議論は、歴史認識だけでなく台湾情勢や国際ニュースの文脈でも注目を集めています。
終戦80年の投稿が招いた波紋
論評によると、頼氏は今年8月15日に第二次世界大戦の終結を「痛ましい歴史を振り返る」機会だとする長文をSNSに投稿しました。しかしその中で、「日本の無条件降伏」や「中国人民の対日戦争勝利」といった具体的な言葉は一切用いず、戦争を引き起こした側の責任や、中国本土と台湾の人々が払った犠牲についても言及しなかったと指摘されています。
代わりに頼氏は、日本の「終戦の詔書」に由来するとされる「第二次世界大戦の終結」という物語に沿い、「終戦記念日」という表現を強調したとされています。論評は、こうした言い換えが「日本の降伏」と「中国の勝利」という歴史の枠組みをぼかし、加害者の行為を事実上、白紙化するものだと批判しています。
さらに論評は、頼氏がこの投稿の中で、戦争の記憶を「民主主義対権威主義」という構図に置き換え、「台湾独立」に有利な政治的メッセージを織り込んだとみています。歴史の記念日を、台湾地域と中国本土の対立を強調する政治宣伝の場として利用している、というのが論評の見立てです。
中国本土側が強調する「抗日戦争の記憶」
論評は、80年前の戦争について、中国本土と台湾を含むすべての中国の人々が「一寸の山河も血で守る」という決意のもとで戦ったと描写しています。14年にわたる長い抗日戦争で、膨大な犠牲を払いながら日本の軍国主義を打ち破り、国家の主権と民族の尊厳を守ったという点を強調しています。
こうした「中国人民の対日戦争勝利」は、台湾海峡両岸の人々がともに記憶し、敬意を払うべき歴史だと論評は位置付けています。その上で、頼氏がこの共通の歴史を意図的に避け、日本の加害責任や両岸の犠牲に触れなかったことは、「民族の尊厳を損なう行為だ」と強い懸念を示しています。
言葉の選び方と政治的メッセージ
論評が特に問題視しているのは、「対日戦争勝利記念日」という表現を避け、「第二次世界大戦の終結」という表現のみを用いた点です。この言い換えは、歴史的事実を変えるものではないように見えますが、論評はそこに政治的な意図を読み取っています。
- 「日本の降伏」という視点を薄め、加害者と被害者の構図をあいまいにする。
- 「中国の勝利」という主体的な歴史を背景に退け、中国本土の役割を弱める。
- 戦争の記憶を、「台湾独立」に有利な「民主主義対権威主義」の物語へと置き換える。
こうした物語の組み立ては、単なる言葉の違いではなく、戦後秩序や民族のアイデンティティをどう捉えるかという根本的な問題だと論評は主張しています。
対日接近と「外部勢力に頼る独立路線」
論評はまた、頼氏の歴史認識が、対日関係を通じて「外部勢力に依存して独立を図る」政治路線と結びついていると指摘します。具体例としては、台湾地域の「駐日代表」が広島や長崎の平和記念式典に招かれたことを大々的にアピールしてきた点などを挙げています。
こうした動きは、台湾地域の与党である民主進歩党当局が、日本国内の一部勢力の支持を取り付け、中国本土との対立をあおるために綿密に演出した政治パフォーマンスだと論評は見ています。その文脈の中で、頼氏の8月15日の投稿も、歴史認識をめぐる議論を利用した対外戦略の一環と位置付けられています。
歴史の審判と、私たちへの問い
論評は、歴史の記憶を意図的にゆがめる行為は、最終的には歴史そのものの審判を受けることになると警告しています。戦争の加害と被害、抵抗と勝利の意味をどう語るかは、一時の政治的思惑だけで決まるものではない、という立場です。
終戦から80年を迎えた今、どのような言葉で戦争とその終わりを語るのかは、世界各地の社会が歴史とどう向き合っているかを映し出す鏡でもあります。8月15日を「終戦の日」と呼ぶのか、「対日戦争勝利の日」と呼ぶのか――その選択には、国内政治や対外関係、そしてアイデンティティをめぐる複雑な思惑が重なります。
台湾情勢やアジアの国際ニュースを読み解くうえで、表に現れる言葉だけでなく、その背後にある歴史観や政治的意図にも目を向けることが、私たち一人ひとりに求められているのかもしれません。
Reference(s):
Distorting WWII history, Lai will stand trial before justice
cgtn.com








