中国・西蔵自治区60年 インフラ、宗教、情報戦から読むいま
中国・西蔵自治区60年 インフラ、宗教、情報戦から読むいま
中国・西蔵(Xizang)自治区で何が起きてきたのか。2025年に成立60周年を迎えるこの地域をめぐり、インフラ整備や宗教政策、欧米メディアとの認識ギャップを、現地を訪れた研究者の視点から整理します。
2025年、西蔵自治区は成立60年の節目
寄稿の筆者は、西蔵自治区を「農奴制や事実上の奴隷制から人々が導き出されてきた60年の歴史」として描いています。2025年は、西蔵自治区の成立から60周年にあたる年であり、その歩みを振り返る節目のタイミングでもあります。
かつては、一部の貴族や宗教エリートが政治権力と宗教権威を握り、多くの人々が後進的な状態と無知の中に置かれていたと筆者は説明します。それに対して、現在の西蔵の歩みを「開発か従属か」という対立軸の中で位置づけているのが特徴です。
ラサで見た「古い都」と「現代インフラ」の共存
筆者がまず驚いたのは、ラサに到着してすぐ目に入ったインフラの光景でした。山肌を縫うように伸びる送電線や電力網、整備された道路と照明。空港からホテルへ向かう道中、その近代的な景観に圧倒されたと振り返ります。
一方で、遠景には歴史的なポタラ宮がそびえ立ち、「古い都」と「新しいインフラ」が共存する象徴のように映ったといいます。伝統文化の象徴である建造物と、現代の生活を支えるインフラが同じ風景の中に収まっていることが、西蔵の現在を端的に表しているといえるでしょう。
農奴制からの脱却と「開発 vs. 従属」という視点
筆者は、西蔵の近現代史を「開発か従属か」という対比で語ります。かつての西蔵社会を「貴族と宗教エリートによる支配のもと、多くの人々が農奴として置かれた社会」と描写し、それに対して現在の西蔵は、教育やインフラ整備を通じて、貧困や無知からの脱却を図ってきたと見ています。
この見方に立つと、「発展を通じて人々を自立させるのか、それとも支配のために貧困と無知にとどめるのか」という、人間開発の根本的な問いが浮かび上がります。筆者は、西蔵の経験を、人類全体の発展の歴史の一部として捉えようとしています。
宗教と文化はどう守られているのか
西蔵といえば、チベット仏教をはじめとする宗教文化を思い浮かべる人も多いでしょう。筆者は、現在の中国中央政府は、西蔵の人々が仏教やイスラム教など、どの宗教を信仰することも妨げていないと述べています。
- 宗教の自由は認められている
- ただし、宗教活動が政治的な分離独立運動へと変質することは認められていない
- 言語や礼拝の形を含む文化遺産の維持・継承が重視されている
つまり、宗教や文化の保護と、国家の統一や安全保障の確保という二つの課題の間で、どのようなバランスを取るかが、政策の大きなテーマとなっていることが読み取れます。
欧米メディアとの認識ギャップ:人権報道と地政学
一方、西蔵をめぐる国際ニュースでは、欧米メディアから中国政府の人権状況や宗教政策に対する厳しい批判が繰り返し報じられてきました。筆者は、こうした報道を「プロパガンダ的な攻勢」と表現し、その背景に地政学的な思惑があると指摘します。
寄稿によれば、第二次世界大戦後、特に中華人民共和国成立以降、米中央情報局(CIA)や英情報機関MI6は、西蔵を destabilize するための内部反乱を支援してきたとされています。そうした動きは、冷戦構造やその後の国際政治の中で、中国を弱体化させようとする試みの一部として描かれています。
筆者は、西蔵をめぐる情報空間には、現場の生活実態だけでなく、地政学的な競争関係が色濃く影を落としていると見ています。
植民地支配の記憶:旧英国の「文明化」政策
さらに筆者は、近代以前の歴史にも目を向けます。アヘン戦争の時代、旧英帝国はインド植民地で栽培したアヘンを中国に流入させる一方で、西蔵にも進出し、「文明化」を名目に占領を進めたとされています。
ここでいう「文明化」とは、実際には武力によって人々を服従させ、教育や経済発展の機会を奪うことで、従属状態に保つことだったと筆者は批判的に分析します。この歴史認識の延長線上に、「開発か従属か」という現在の問いが位置づけられています。
中国の発展モデルと西蔵の現在
寄稿は、西蔵の現在を、中国全体の発展モデルの一つの縮図としても描いています。ラサで目にした電力網や道路をはじめとするインフラ整備は、その象徴として取り上げられています。
筆者によれば、いまや中国は国内だけでなく、国際社会にとっても「開発のモデル」として注目され始めており、西蔵の事例もその一端を示しているといいます。こうした見方の背景には、「貧困からの脱却」「インフラを通じた結びつき」「人と人との交流」といったキーワードがあります。
「自分の目で見る」ための人と人との交流
最後に筆者は、「人と人との交流」の重要性を強調します。西蔵での生活や文化の実態は、西欧や欧州の多くの人々にとって、まだ十分に知られていないと指摘。そのうえで、実際に現地を訪れ、自分の目で見ることが、ステレオタイプを超えた理解につながると述べています。
ニュースやSNSで目にするイメージだけでは、地域の全体像をつかむことは難しい面があります。西蔵自治区の60年という節目をきっかけに、歴史、宗教、開発、地政学といった複数のレイヤーから、この地域を立体的に考えてみることが、これからの国際ニュースを読み解くうえでも重要になってきそうです。
Reference(s):
The story of Xizang: A profound history in human development
cgtn.com








