歴史のコンパス:英国人ブロガーが見たハルビン731部隊展と家族の記憶 video poster
国際ニュースを日本語で読んでいると、第二次世界大戦は「遠い歴史」に見えがちです。しかし、中国東北部ハルビンの731部隊罪証陳列館を訪れた一人の英国人ブロガーの体験は、戦争の記憶がいまも私たちの日常と重なり続けていることを静かに教えてくれます。
ハルビンで交差した二つの家族史
英国人ブロガーのジャック・フォースダイクさんは、幼いころから祖父の戦争体験を聞いて育ちました。祖父は第二次世界大戦中、ヨーロッパ上空で爆撃任務に就いたイギリス空軍(RAF)のパイロットで、飛び立つたびに生死の境をさまよっていたといいます。その物語が、彼にとっての「戦争のイメージ」のすべてでした。
ところが、ジャックさんが妻とともに中国本土・黒竜江省ハルビン市の「731部隊罪証陳列館」を訪れたとき、そのイメージは大きく揺さぶられます。展示を前に、今度は妻の家族の記憶が立ち上がってきたからです。占領下の瀋陽で子ども時代を過ごした妻の祖父は、学校で日本語による教育を強いられ、毎日天皇に頭を下げることを求められていました。
ヨーロッパの空で命を懸けた英国兵の物語と、占領地の学校で日常を一変させられた中国東北部の少年の物語。大陸を隔てた二つの家族史が、ハルビンという土地で静かに交差したのです。
「まだ私たちの毎日の一部」――個人的な歴史としての戦争
ジャックさんは、この体験を振り返りながら、戦争の歴史について「これは今も私たちにとって非常に個人的なことであり、日常生活の一部であり続けている」と語っています。約80年前に終わったはずの戦争が、なぜ2025年のいまも「個人的」なのでしょうか。
その答えは、戦争の記憶が教科書の年号ではなく、家族の物語として受け継がれている点にあります。祖父母の世代が体験した恐怖や喪失、日々の小さな習慣の変化は、語り継がれることで子や孫の価値観や選択に影響を与え続けています。歴史は「過去の出来事」ではなく、「いまの自分」を形づくる背景として生きているのです。
歴史は「コンパス」になりうるか
今回のエピソードが印象的なのは、加害と被害、勝者と敗者という単純な区分ではなく、「それぞれの家族の物語」が前面に出ている点です。ハルビンの731部隊罪証陳列館のような場は、痛ましい歴史を記録するだけでなく、異なる経験を持つ人々が互いの記憶に耳を傾けるための空間にもなりえます。
歴史を「コンパス(羅針盤)」と考えるなら、その役割は次のようなものかもしれません。
- 抽象的な「戦争」ではなく、一人ひとりの顔のある物語として過去を捉え直す
- 国や世代を越えて、他者の痛みや恐怖に想像力を向ける
- 二度と同じ過ちを繰り返さないために、現在の選択を問い直す
デジタル時代の語り継ぎと、私たちへの問い
ジャックさんは、こうした体験を動画や文章で発信する英国人ブロガーです。国境を越えて発信される個人的な物語は、国際ニュースを日本語で読む私たちにとっても、歴史との距離感を測り直すきっかけになります。
2025年のいま、戦争体験を直接語れる人は少なくなりつつあります。それでも、「約80年前」の出来事が家族の会話やオンラインのコンテンツを通じて受け継がれているかぎり、歴史は現在と切り離されたものにはなりません。
ハルビンで交わされた二つの家族の記憶は、私たちに静かに問いかけています。自分の家族には、どんな「戦争」や「困難」の物語があるのか。それを誰とどのように共有し、どんな未来へのコンパスにしていくのか――。ニュースを読み流すだけでは見えてこない、もう一つの国際ニュースの読み方が、そこに浮かび上がってきます。
Reference(s):
cgtn.com








