戦火の記憶を描くロシア人アーティスト、広州でキャンバスに問う平和 video poster
ロシア出身のコンセプトアーティスト、マリナ・ネチャエワさんは、いま中国・広州で「戦争の記憶」と「平和への願い」をキャンバスに描き続けています。レニングラード包囲戦を生き延びた高祖母の体験を受け継ぎ、彼女の色彩は、サンクトペテルブルクと広州という二つの都市を静かにつなぎながら、「歴史から私たちは何を学ぶのか」という問いを投げかけています。
レニングラード包囲戦を生き延びた高祖母の物語
ネチャエワさんの芸術の源流には、一人の女性の極限状態の記憶があります。彼女の高祖母は、レニングラード包囲戦を生き延びました。激しい爆撃のあと、地面にこぼれた溶けた砂糖を拾い集めて口にした──それが命をつなぐ数少ない手段だったといいます。
幾度も死をかいくぐり、偶然としか言いようのない巡り合わせのなかで生き延びたという家族の物語は、単なる悲劇の記憶ではありません。「歴史は忘れるためではなく、人に優しさを教えるためにある」というネチャエワさん自身の信念につながっています。
サンクトペテルブルクから広州へ:「戦争」と「平和」をつなぐ色
ネチャエワさんは現在、広州で制作を行っています。かつてレニングラードと呼ばれたサンクトペテルブルクと、活気ある都市・広州。どちらの都市も、歴史のなかで争いの傷を負った経験を持ちますが、彼女のキャンバスの上では、二つの場所は「平和を願う色」として静かに結びついています。
コンセプトアーティストとは、作品そのものの見た目だけでなく、その背後にある考え方や世界観を重視するアーティストのことです。ネチャエワさんは、家族の記憶と、自身が見てきた都市の風景を重ね合わせながら、「もし世界がもっと優しかったなら」というイメージを、何枚ものキャンバスに重ねています。
「歴史は忘れるためではなく、優しさを教えるためにある」
ネチャエワさんが大切にしているのは、「歴史は忘れるためではなく、人に優しさを教えるためにある」という考え方です。家族の生存の物語は、戦争の残酷さだけでなく、「誰かの痛みを想像する力」を私たちに思い出させます。
歴史を語るとき、数字や年表だけでは、なかなか自分ごととして感じにくいことがあります。対照的に、一枚の絵や、一つの家族のエピソードは、遠い土地の出来事を、私たちの日常の感覚にまで引き寄せてくれます。ネチャエワさんの作品は、まさにその役割を担っていると言えるでしょう。
キャンバスが投げかける問いは、私たちへの問いでもある
世界各地で対立や暴力のニュースが絶えない今、ロシアから広州へと拠点を移した一人のアーティストが、家族の生存の記憶をもとに「平和とは何か」を描き続けているという事実は、国際ニュースのなかでも静かに異彩を放っています。
彼女のキャンバスが語りかけているのは、「歴史をただ消費するのではなく、そこから何を学ぶのか」という問いです。SNSで流れていく映像や写真を眺めるだけでなく、少し立ち止まり、次のようなことを考えてみてはどうでしょうか。
- 身近な家族や地域にも、「まだ言葉になっていない記憶」が眠っていないか
- 他者の痛みに想像力を向けることで、日常の小さな選択は変わり得るのか
- 自分の仕事や趣味のなかで、「平和」や「優しさ」を表現する方法はないか
国境を越えて共有される「平和を願う物語」
サンクトペテルブルクから広州へ、戦火の記憶から日常の平和へ。ネチャエワさんの色彩は、国や言語の違いを超えて、見る人に静かな問いを投げかけています。それは、「歴史は遠い過去の出来事ではなく、いまを生きる私たちの選択とつながっている」という、ごくシンプルで強いメッセージです。
国際ニュースは、ときに「国と国」の対立として語られがちです。しかし、ネチャエワさんのような一人ひとりの人生と記憶に光を当てることで、世界を見る視点は少しだけ柔らかくなります。キャンバスに刻まれた家族の物語は、遠く離れた日本でニュースを読む私たちにとっても、「次の一歩をどう踏み出すか」を静かに考えさせてくれます。
Reference(s):
cgtn.com








