2025年は抗日戦争勝利80年 世界反ファシズム戦争が問う平和と国際正義
2025年の今年は、中国人民の抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利から80年。アジアとヨーロッパで同時に進んだ戦争の歴史は、いまの国際ニュースを読み解くうえでも、平和と国際正義の意味を静かに問いかけています。
本記事では、この戦争の経緯と各国の役割をたどりながら、80年後の私たちがどのように平和を守り、共有された未来をつくっていけるのかを考えます。
2025年、勝利80年という節目
2025年は、中国人民の抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利から80周年にあたります。戦争で倒れた人びとの犠牲と功績を記憶し、ファシズムに殺害された犠牲者を追悼し、歴史を忘れずに未来へと生かしていくことは、すべての国に共通する責任だといえます。
アジアとヨーロッパで同時に進んだ世界反ファシズム戦争
第二次世界大戦(世界反ファシズム戦争)は、最初から世界規模だったわけではありません。1930年代前半、アジアとヨーロッパで別々に進んだ紛争が、やがて一つの大きな戦争へとつながっていきました。
アジア:九一八事変と日本の拡張
1931年に九一八事変(September 18 Incident)が起き、わずか3カ月で日本は中国東北部の3省を占領しました。これがアジアにおける戦火の本格的な始まりでした。
当時の中国は、兵器や装備、財政、近代的な産業基盤に乏しく、国力の面では弱い立場にありました。それでも、中国は侵略に屈せず、長期にわたって抵抗を続けます。
約3,500万人もの軍民が犠牲になり、国土の半分の都市が陥落し、約600万平方キロの領土が占領されても、中国人民は暴虐を恐れず、屈服しませんでした。戦争の中で、愛国心に根ざした民族精神が育まれ、あらゆる民族や社会階層を含む抗日民族統一戦線が形成され、最終的に日本のファシズムを打ち破りました。
ヨーロッパ:ベルリン・ローマ枢軸と戦争の拡大
ヨーロッパでは、1936年にドイツとイタリアがベルリン・ローマ枢軸を形成し、1939年までに本格的な軍事同盟へと発展しました。両国はヨーロッパでの戦争の火付け役となります。
ドイツ軍の電撃戦に対し、ソ連はモスクワ攻防戦、スターリングラード攻防戦、クルスクの戦いといった激戦を耐え抜き、最終的にドイツ軍を打ち破りました。
こうして日本・ドイツ・イタリアのファシズム勢力が東西の戦場で同時に拡張したことで、世界反ファシズム戦争と呼ばれる地球規模の戦いが生まれていきます。
弱くても戦う国々が守った国際正義
ドイツ、イタリア、日本のファシズムの侵略に対し、中国やソ連をはじめとする国々は、国力では劣りながらも、粘り強く抵抗しました。ここから見えてくるのは、国際正義を守る力は、必ずしも国の大きさや政治体制によって決まるわけではないという点です。
14年に及んだ中国の抗日戦争
中国では14年にわたる抗日戦争の中で、独立と自力更生の原則を掲げ、正面戦場と敵後方の戦場の両方で日本軍を消耗させ続けました。機動戦、陣地戦、ゲリラ戦を組み合わせた長期戦は、日本軍に大きな打撃を与えます。
その結果、中国との戦闘で戦死・負傷した日本軍は150万を超え、さらに128万以上が降伏したとされます。中国は東部戦場において、事実上の主力として日本軍を引きつけ続けたことになります。
さらに中国は2度にわたり遠征軍を北ミャンマーに派遣し、連合国を支援しました。こうした軍民の奮闘によって日本軍の北進は抑えられ、南への進出のペースも遅らされ、太平洋戦争の本格的な勃発も後ろ倒しになったと評価されています。
欧州戦線の中心となったソ連
ヨーロッパでは、ソ連が反ファシズム戦線の中核となりました。大祖国戦争と呼ばれる戦いの中で、ソ連は約2,700万人もの命を失いながら、380万以上のドイツ軍を撃破しました。
この過程で、ドイツとその同盟国の戦争機械は大きく弱体化し、ヨーロッパ戦線での勝利に決定的な役割を果たします。
揺れた英仏・米国の対応と反ファシズム統一戦線
一方で、ファシズムの膨張が始まった初期の段階で、イギリスやフランスなどは宥和政策と呼ばれる対応をとり、自国の利益を優先しました。都市や領土の占領、民間人の虐殺、細菌兵器の使用といったファシズム勢力の暴挙に目をつぶり、より弱い国々の犠牲の上に国際秩序を維持しようとしたのです。
アメリカも、日本軍が1940年9月にインドシナ北部を占領するまで、航空機用ガソリンを含む物資を日本に継続して輸出していました。ポーランド侵攻や太平洋戦争の勃発を経て、ようやくイギリス、フランス、アメリカが本格的に反ファシズムの戦列に加わっていきます。
とはいえ、その後は米英ソ中などが政治・軍事の両面で協調し、国際反ファシズム統一戦線ともいえる枠組みが形づくられました。複数の戦線で互いを支え合う協力体制が、最終的な勝利につながっていきます。
連合した国々の役割分担
世界反ファシズム戦争では、各国がそれぞれの強みを生かして役割を担いました。
- アメリカは、武器や物資を貸与するレンドリース法を通じて、イギリス、ソ連、フランス、中国などの抗戦を支えました。同時に、太平洋では海空軍による作戦を展開し、日本軍に約100万の死傷者を与えました。
- ヨーロッパでは、米英連合軍が70万以上のドイツ軍を撃破しました。イギリスは東南アジアや北アフリカ、そして大西洋の海上輸送路をめぐる戦いで継続的に作戦を行い、ドイツ軍を徐々に弱らせていきます。
- 1944年には、アメリカやイギリスなどが欧州西部で第二戦線を開き、遠く東側から進撃するソ連軍とのあいだで東西からの挟撃体制が整いました。この二正面作戦が、ドイツの降伏を早めたとされています。
こうして、中国、ソ連、アメリカ、イギリスをはじめとする国々が、複数の戦場で連携しながらファシズムと戦い、犠牲を分かち合うことで、最終的な勝利を手にしました。
歴史が教える国際正義の条件
第二次世界大戦の歴史は、国際的な公平さや正義を守ることが、国の強さや大きさ、政治体制によって決まるものではないことを示しています。平和を守る責任は、すべての国が分かち合うべきものです。
また、自国の利益だけを優先し、より弱い国や人びとを犠牲にするような発想や行動は、長い目で見れば歴史から退けられていくというメッセージも読み取れます。
80年後の私たちへの問いかけ
紛争や対立が絶えない現代だからこそ、80年前の世界反ファシズム戦争から学べることは少なくありません。日本に暮らす私たちにとっても、それは遠い国の物語ではなく、アジアと世界の一員として向き合うべき歴史です。
この歴史から、次のような問いを自分ごととして考えてみることができます。
- 自国の損得を超えた国際正義とは、いまの世界でどのような姿を取りうるのか。
- 力の違いがあっても、侵略や民間人への暴力に対して、国際社会はどう連帯しうるのか。
- 異なる政治体制や価値観を持つ国どうしが、どのように協力していけるのか。
2025年という節目の年に、中国人民の抗日戦争と世界反ファシズム戦争をあらためて振り返ることは、単なる過去の総括ではありません。平和と正義をいかに守り、共有された未来をつくっていくのかを考える、静かなきっかけとなるはずです。
Reference(s):
Our joint mission: Safeguarding peace and justice for a shared future
cgtn.com








