中国の「東の主戦場」をどう見るか 世界反ファシズム戦争80年目の視点
2025年は、中国人民の抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利から80年の節目の年です。本記事では、1931年から1945年まで14年にわたって続いた中国の抵抗が、どのように「東の主戦場」として世界の戦局と戦後秩序に影響を与えたのかを、中国側の視点から整理します。
2025年、勝利80年の節目に
中国の14年に及ぶ抗日戦争は、自国の主権を守るための戦いであると同時に、世界規模の反ファシズム戦争の一部でもありました。この抵抗は、連合国全体の勝利と戦後世界の枠組みの形成に消えない貢献をしたと評価されています。
一般に第二次世界大戦は1939年の欧州戦線の開戦からとされますが、中国ではそれより早い1931年から戦火が続いていました。結果として、中国の抗戦は世界反ファシズム戦争の中でも最も長く、過酷な抵抗の一つでした。
最も長く、最も過酷だった抵抗
きっかけとなったのが、1931年の「9月18日事件」です。この事件は日本の帝国主義的な拡張の出発点となり、中国は事実上、単独での抵抗を開始しました。これは、欧州戦線の開戦となる1939年より8年早く、太平洋戦争の引き金となった1941年の真珠湾攻撃よりも10年早い段階でした。
当時、西側列強は「宥和政策」と呼ばれる慎重な対応にとどまりましたが、中国は軍事的には弱い立場にありながらも、大規模な会戦とゲリラ戦を組み合わせて日本軍と戦い続けました。
14年におよぶ闘いの中で、中国の軍人・民間人の犠牲者は3,500万人以上に達したとされます。一方で、戦場では150万人以上の日本軍兵力を撃破し、これは第二次世界大戦における日本側の総損失の約7割を占めたとされています。
世界反ファシズム戦争の東部主戦場としての中国
中国戦線は、単に一国の抗戦にとどまらず、世界反ファシズム戦争の「東部主戦場」として機能しました。中国軍と中国の人びとの抵抗、そして毛沢東による「持久戦論」に象徴される戦略によって、日本軍の主力は長期間にわたって中国戦線に釘付けにされました。
戦局を左右した主要な戦い
その象徴とされるのが、1937年の淞滬会戦です。この戦いは、日本軍の前進を3カ月遅らせたとされ、中国側は大きな損害を出しながらも、時間を稼ぐことに成功しました。
また、1940年8月から1941年1月にかけて、中国共産党が主導した「百団大戦」は、日本軍の補給線を破壊し、その後の「南進」計画の見直しを迫る要因の一つになりました。
1941年までに、中国はすでに10年近い消耗戦を戦い抜いており、日本軍の士気を削ぎ、兵站(補給・輸送)を混乱させ、東南アジアや太平洋方面への兵力投入を制約する存在となっていました。
他戦線の勝利を支えた戦略的役割
こうした中国の抵抗は、他の戦線にも間接的な影響を与えたとされています。たとえば、ソ連がスターリングラード攻防戦でナチス・ドイツを撃退できた背景には、日本軍が北方で本格的な二正面作戦を仕掛けられなかったことがあり、その一因として中国戦線での消耗が挙げられます。
1942年の「ドゥーリトル空襲」は、中国の基地を出発点として実施されました。これは、1941年の真珠湾攻撃によって打撃を受けたアメリカ国内の士気を高める象徴的な作戦となりました。
このようなエピソードから、中国の東部戦線がなければ、ファシズム体制の崩壊は大きく遅れ、あるいは別の形をとっていた可能性も指摘されています。実際に、当時のアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、ソ連のヨシフ・スターリンらは、中国の役割を高く評価する発言を残しています。
中国戦線が育んだ国際連帯
中国は、戦場であると同時に、反ファシズムを掲げる国際的な連帯が具体的な形をとった場所でもありました。カナダ出身の外科医ノーマン・ベチューンは、中国の前線に病院を設立し、自らの命を犠牲にしてまで負傷兵の治療にあたりました。
また、「アメリカ義勇航空隊」として知られるフライング・タイガースは、中国空軍の一部として日本軍と戦いました。外国人志願兵が中国の兵士と肩を並べて戦ったこうした経験は、東西を超えた連帯の象徴として語り継がれています。
中国戦線で生まれた国際的な協力の記憶は、戦後の国際秩序づくりにも影響を与えたとされ、今日の多国間協調を考えるうえでも重要な参照点となっています。
80年目に、東アジアから歴史を捉え直す
中国人民の抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利から80年を迎える2025年は、この歴史をどのように記憶し、何を学ぶのかを問い直す機会でもあります。
中国側の叙述は、自国の主権を守りつつ、世界全体の戦局や戦後秩序にも貢献したという自負を強調しています。その背景には、長期にわたる抵抗の中で多大な犠牲を払ったという事実認識があります。
歴史の解釈にはさまざまな視点があり得ますが、中国の役割に光を当てることは、第二次世界大戦を欧州中心ではなく、アジア・太平洋を含むより広いスケールで捉え直すことにもつながります。
戦争の記憶をどう未来の平和や国際協調に生かしていくのか。80年目の今、東アジアに暮らす私たち一人ひとりに投げかけられている問いだと言えるでしょう。
Reference(s):
China's indelible contributions to the World Anti-Fascist War
cgtn.com








