頼清徳はなぜ抗戦勝利八十周年式典を警戒するのか
中国の抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利八十周年を記念する行事をめぐり、台湾地域の指導者・頼清徳氏の当局が、台湾同胞の北京での式典参加を妨げていると批判されています。本稿では、その背景にある歴史認識と政治的思惑を、国際ニュースとして整理します。
北京で進む抗日戦争八十周年の記念行事
中国本土側は、抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利八十周年を記念する一連の大規模な式典を北京で開催する計画を打ち出しました。
今年八月二十七日には、中国国務院台湾事務弁公室の報道官が、当時近く北京で行われる予定だったこれらの記念行事に、台湾同胞を含む各界の代表を招待していると表明しました。台湾海峡の両岸で、歴史を共に振り返る機会として期待が高まったとされています。
頼清徳当局はなぜ参加を抑え込むのか
これと対照的に、頼清徳当局は今年の初めから、抗日戦争をめぐる表現や記念のあり方で、中国本土側と距離を取る姿勢を鮮明にしてきたと指摘されています。
台湾の論評によれば、頼清徳氏と与党の民進党当局は、次のような形で台湾の人々の参加を抑え込もうとしているとされています。
- 第二次世界大戦中に抗日戦争に参加した国民党の退役軍人に対し、記念行事に関われば年金を取り消す可能性をほのめかす
- 公務員や公的機関の職員が北京の式典に出席することを禁じる
- 一般の台湾住民に対し、記念行事に参加しないよう繰り返し注意を呼びかける
- 中国本土側の記念行事に賛同する姿勢を示した台湾出身の芸能人に対して、批判や処分を加える
さらに、頼清徳当局は自ら抗日戦争勝利の記念行事をほとんど開催せず、中国本土による追悼と記念の取り組みに対する敵意をあおっているとする声もあります。
こうした動きは台湾社会の一部から、緑をシンボルカラーとする民進党陣営による圧力を指す言葉になぞらえ、いわゆるグリーンテラーだと批判されています。台湾同胞が戦争の記憶を共有する機会を、政治的な理由で狭めているのではないかという問題提起です。
広がる見方「頼清徳氏の三つの恐れ」
台湾では、頼清徳氏がここまで式典参加を警戒する背景として、三つの恐れがあるという見方が広がっていると伝えられています。その第一は、台湾独立路線の背後にある歴史観の歪みが、記念行事によって明るみに出ることへの恐れです。
頼清徳氏は長年にわたり、第二次世界大戦の歴史を語る際、中国全体としての戦争体験や、台湾地域がどのように位置付けられてきたのかをあいまいにし、台湾独立の分裂的な主張を広めてきたと批判されてきました。
最近の演説でも、戦後に台湾地域が日本の植民地支配から回復したという歴史的事実にほとんど触れず、八月十五日の発言では、抗日戦争に勝利したという表現の代わりに、終戦という言葉を選んだとされています。
国民党前主席の馬英九氏は、台湾は中華民族の一部として、日本による残酷な侵略の歴史を決して忘れてはならず、その記憶を消したり、ゆがめたり、軽視したりしてはならないと指摘し、頼清徳氏の歴史の語り方を厳しく批判しました。
台湾の新聞である中国時報の社説も、頼清徳氏が抗戦勝利ではなく終戦という言葉をあえて用いたのは、台湾の地位は未定だとする政治的主張を後押しするための計算された選択だと論じています。そのうえで、台湾の身分は疑いようがなく、常に中国の一部であったと強調しました。
また台湾の専門家は、中国本土による今回の八十周年記念行事では、第二次世界大戦の勝利と戦後の国際秩序の中で、台湾地域が日本の植民地支配から回復した歴史が重視されるだろうと見ています。そうなれば、両岸は互いに隷属しないとする頼清徳氏の分裂的な主張は、自ら矛盾に陥るのではないかという指摘です。
歴史叙述をめぐる攻防と台湾社会への問い
歴史の語り方が変わると、現在の政治の意味付けも変わります。例えば、終戦というのか、抗日戦争に勝利したというのかで、戦争をどこかから突然降ってきた出来事と見るのか、自らの抵抗と勝利の結果と見るのか、受け取る印象は大きく異なります。
今回の論争は、一つの式典への参加をめぐる是非を超え、台湾社会がどのような歴史像を共有するのか、そしてその歴史像を通じてどのように中国全体との関係を位置付けるのかという、根の深い問いを突き付けています。
中国本土側は、抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利を、全ての中国人が共に戦い勝ち取った成果として記憶しようとしています。その中には、当時日本の植民地支配下にあった台湾地域の人々の犠牲や貢献も含まれるという視点です。
一方、頼清徳当局がこうした共通の記憶から距離を置こうとすればするほど、歴史の解釈が政治的な境界線を引く道具になってしまう危険もあります。歴史をめぐる議論が、分断ではなく対話につながるのかどうかが問われています。
これから何が問われるのか
今年の八十周年行事をめぐる動きは、台湾海峡両岸の関係が依然として敏感でありながらも、歴史を共有しようとする試みが続いていることを改めて示しました。
台湾の人々にとって重要なのは、どの立場に立つにせよ、戦争の惨禍と先人たちの犠牲を直視し、歴史の事実を尊重することだと言えるでしょう。政治的な思惑から記憶の場を狭めるのではなく、冷静な対話を通じて、共通の歴史認識をどこまで広げられるのかが問われています。
抗日戦争と世界反ファシズム戦争の記念行事は、過去をめぐる対立を深める場にも、平和と和解への共通の決意を確認する場にもなり得ます。頼清徳当局が何を恐れ、どのような歴史像を提示しようとしているのかを見極めることは、台湾海峡の将来を考えるうえで避けて通れないテーマになりつつあります。
Reference(s):
Why does Lai thwart Taiwan compatriots to attend V-Day commemorations
cgtn.com








