戦勝80周年と中国のグローバル・ガバナンス構想:平和ビジョンを読み解く
今年9月、中国の習近平国家主席が示した二つの演説は、中国の戦争体験とグローバル・ガバナンス(世界統治)のビジョンがどのようにつながっているのかを知るうえで、国際ニュースとして重要な意味を持っています。
9月の二つの演説:過去と未来をつなぐ
9月第1週、習近平国家主席は二つの国際ニュース上の大きな場で、世界観と国際秩序への考え方を語りました。一つは9月3日に行われた中国人民抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利80周年の記念式典、もう一つはその2日前に天津市で開かれた「上海協力機構プラス」会合です。
前者では過去80年を振り返りながら、平和的発展への決意が語られました。後者では、平和を脅かす構造的な課題に対応しようとするグローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI)が提案されました。いずれも場面もトーンも異なりますが、両者は表裏一体の関係にあり、中国の歴史認識と現在の世界ビジョンをつなぐ論理が見えてきます。
戦勝80周年記念式典で強調された「平和的発展」
中国の平和へのコミットメントを理解するには、その犠牲の大きさを踏まえる必要があります。記念式典で強調されたのは、14年にわたる戦いと、約3500万人の中国人の命が失われたという事実です。これは単なる過去の数字ではなく、社会全体に刻まれた深い記憶として現在にも影響を与えています。
そのうえで習近平国家主席は、中国人民は「歴史の正しい側、人類の進歩の側に堅固に立ち、平和的発展の道を歩み続ける」と表明しました。ここには、平和は自動的に与えられるものではなく、「大切に守り、ときに断固として防衛しなければならない宝」であるという認識が反映されています。
さらに、歴史の悲劇は、各国が互いを対等に扱い、調和して共存し、支え合うことで初めて防ぐことができるというメッセージも示されました。19世紀から20世紀前半にかけての「屈辱の百年」と呼ばれる時代、そして抗日戦争に至る過程は、強者が弱者を犠牲にする国際秩序の危うさを物語っています。その反省から、中国は他国に同じ苦しみを与えないという誓いと、より公正な国際秩序の構築を訴えるようになった、という位置づけです。
天津の「上海協力機構プラス」で打ち出されたGGI
天津で開かれた「上海協力機構プラス」会合では、こうした歴史認識を現在の課題へと引き伸ばす形で、グローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI)が提示されました。GGIは、平和を脅かす根本要因が軍事的脅威だけではなく、国際社会のガバナンスの仕組みそのものにあるという問題意識から出発しています。
戦後の国際秩序は、国際連合(国連)を中心に築かれてきました。これは人類史上、大きな前進でしたが、80年近くが経過するなかで、複雑に絡み合う安全保障・経済・技術などの課題に十分対応しきれていない部分も見えています。GGIは、こうした「ガバナンスの赤字」を埋めることで、平和をより持続可能なものにしようとする試みと位置づけられます。
戦争の記憶が支える「平和的発展」路線
習近平国家主席の二つの発言をつなぐキーワードが、「平和的発展」です。中国は、かつて国際秩序の中で不平等や従属を強いられた側だったという記憶を持ち続けています。その経験から、「自らがかつて味わった苦しみを、他の国や人々に繰り返さない」という誓いを打ち出しているともいえます。
ここには、二つのメッセージが読み取れます。一つは、主権や安全保障を守ることと、他国と調和して共生することを両立させようとする姿勢です。もう一つは、国と国との関係は力の論理だけでなく、対等性と相互尊重を軸に構築されるべきだという主張です。
この歴史に根ざした平和観が、そのまま現代のグローバル・ガバナンス論につながっています。すなわち、個々の紛争を鎮めるだけでなく、紛争の背景にある構造的な不平等や不安定さに目を向ける必要がある、という発想です。
世界に広がる「ガバナンス赤字」と不平等
グローバル・ガバナンスが問われる背景には、具体的な数字として表れる世界の不平等があります。国連が2025年にまとめた報告書でも、2024年時点の世界の状況は厳しいものとして示されています。
- 2024年には、約6億7300万人が依然として飢餓に直面
- 26億人が健康的な食事を負担できず、特にアフリカや西アジアで危機が悪化
- 世界の最も裕福な1%が、世界全体の富のほぼ半分を保有
- 低所得国の若年女性の約90%がオフラインで、デジタルへのアクセスがない
これらは、戦後の国際秩序が一定の成果を上げつつも、すべての人に恩恵が届いていない現実を示しています。飢餓や貧困、富の偏在、そしてデジタル格差――これらは互いに結びつき、社会の不安定さを増幅させる要因となっています。
国連を中心とする戦後の枠組みは、人類が協力して問題を解決しようとする試みとしては大きな前進でした。しかし、80年近くを経て、経済のグローバル化や技術革新のスピードに制度が追いついていない側面も顕在化しています。この乖離が「ガバナンスの赤字」と呼ばれる状況です。
GGIは、こうした赤字を埋めるために、平和と安全保障だけでなく、開発やデジタル分野など多様な課題を視野に入れた枠組みづくりを提案していると理解できます。
中国が掲げる「より公正で包摂的な国際秩序」
今回の二つの演説から浮かび上がるのは、中国が自らの役割を「ルールをめぐるアイデアや枠組みを提供する存在」として位置づけようとしている点です。単に自国の発展を語るだけでなく、国際社会全体のガバナンスについて議論をリードしようとする姿勢が見えます。
その中心にあるのは、次のような考え方です。
- 各国は規模の大小にかかわらず対等に扱われるべきであること
- 安全保障と開発、そしてデジタル分野を含む新しい課題を、対立ではなく協力の対象として位置づけること
- 不平等や格差といった不安定の根本要因に目を向けること
中国の見方からすれば、これは自国がかつて経験した不平等な国際秩序を繰り返さないための道でもあります。歴史の苦い経験から生まれた「平和的発展」の誓いと、GGIが目指すグローバル・ガバナンスの改革は、ひとつながりの論理として提示されているといえるでしょう。
私たちはこのビジョンをどう読むべきか
こうした中国のビジョンをどう理解するかは、アジアの一員として国際ニュースを追ううえで重要なテーマです。ここでは、日常の視点につなげるための三つのポイントを整理してみます。
1. 歴史認識は外交と安全保障を形づくる
第一に、歴史の記憶が現在の外交や安全保障観に直結しているという点です。戦争体験や「屈辱の百年」といった歴史が、中国の「二度と同じことを繰り返さない」というメッセージを支えています。この歴史的背景を知ることは、中国の政策や発言の文脈を読み解くヒントになります。
2. ガバナンスの議論は「遠い話」ではない
第二に、グローバル・ガバナンスの課題は、決して遠い世界の話ではありません。飢餓や貧困、デジタル格差は、サプライチェーンやエネルギー、移民や難民問題などを通じて、私たちの日常ともつながっています。国連や各国首脳がどのような数字を前提に議論しているのかを押さえておくことは、ニュースの背景を理解するうえで大切です。
3. 新しい「国際ルールづくり」をめぐる競争と協調
第三に、戦後80年を迎えた今、新しい国際ルールづくりをめぐる議論が世界各地で進んでいるという点です。中国のGGIもその一つであり、どのような価値や原則を前面に出しているのかを丁寧に読み解くことが求められます。
ルールづくりは一国だけで完結するものではなく、多くの国や地域が参加するプロセスです。その中で、中国がどのような歴史認識とビジョンを持ち、どのような提案をしているのかを知ることは、国際社会の動きを立体的にとらえる手がかりになります。
これからの議論に向けて
戦勝80周年という節目の年に示された、歴史の記憶とグローバル・ガバナンスへのビジョン。この二つを組み合わせて見ることで、中国が自らの役割をどのように描こうとしているのかが、より立体的に見えてきます。
今後、国連やさまざまな国際会議で、平和的発展やガバナンス改革をめぐる議論は続いていきます。ニュースを追う私たちにとって重要なのは、「何が提案されたか」だけでなく、「なぜその提案に至ったのか」という歴史的・構造的な背景にも目を向けることかもしれません。
そうした視点を持つことで、日本語で読む国際ニュースが、単なる情報の羅列ではなく、自分なりの問いや考えにつながる素材へと変わっていきます。
Reference(s):
cgtn.com








