リスボン・マル号救出劇 戦争が試した人間性をいま考える video poster
1942年、中国東部・浙江省の舟山諸島沖で沈没した船リスボン・マル号。その海で、地元の漁民たちは命がけで英軍捕虜384人を救い上げました。今年、第二次世界大戦の終結から80年の節目を迎えるなか、この無名の救出劇が改めて注目されています。
リスボン・マル号沈没と384人の英軍捕虜
リスボン・マル号が沈没したのは、第二次世界大戦のさなか、1942年のことです。場所は、中国東部の浙江省・舟山諸島の沖合。船には英軍捕虜が乗せられており、その中から384人が、のちに地元の漁民によって救出されることになります。
激しい戦時下、海に投げ出された捕虜たちを救うことは、政治的にも軍事的にも決して簡単な選択ではありませんでした。それでも舟山諸島の漁民たちは、自分たちの小さな船で荒れた海へと漕ぎ出していきます。
漁民たちが示した、人命を優先する決断
リスボン・マル号の救出劇で際立つのは、戦争のさなかであっても、人間としての良心に従った地元漁民たちの行動です。彼らは、自分たちの安全や家族の生活を危険にさらすことを承知のうえで、海に浮かぶ見知らぬ捕虜たちを助ける決断をしました。
結果として、384人の英軍捕虜が救出されました。数字だけを見れば小さく見えるかもしれませんが、一人ひとりの命の背後には家族や友人、人生の物語があります。その重みを考えれば、漁民たちが救ったのは384という数字ではなく、384の人生そのものだったと言えるでしょう。
島に刻まれた記憶――像・手紙・絵画
現在、この島には、この出来事を伝える像や手紙、絵画が残されており、その一つひとつが、あの日の海で起きたことを静かに物語っています。観光パンフレットに載るような華やかなスポットではないかもしれませんが、そこには戦争の現実と、人が人を助けるという普遍的な物語が刻まれています。
像は、荒れる海にこぎ出す漁民の姿や、救助を待つ捕虜たちの緊張した表情を想像させます。手紙には、救われた側と救った側の間で交わされた感謝や思いが綴られているのでしょう。絵画は、言葉を超えて当時の空気感や感情を伝えるメディアです。
こうした記録や表現が島に残されていること自体、地域の人々がこの救出劇を自分たちの誇りとして大切にしてきたことを物語っています。
2025年、戦後80年の節目に考えたいこと
2025年は、第二次世界大戦の終結から80年という大きな節目の年です。戦争体験を直接語れる世代が少なくなる中で、リスボン・マル号のようなエピソードは、歴史を単なる年号や出来事の羅列ではなく、人と人との関係の物語として考えさせてくれます。
戦争は国と国、軍と軍の衝突として語られがちですが、その陰には必ず、日常を生きていた市民や、敵味方を超えて助け合おうとした人々がいます。舟山諸島の漁民たちが示したのは、まさにその人間らしい選択でした。
人間性が戦争に抗った日を、どう未来につなぐか
いま私たちができるのは、このような歴史を知り、共有し、語り継ぐことです。SNSで記事をシェアすることも、小さく見えて実は重要な一歩になります。国籍や立場が違っても、人を助けるという選択は尊いというメッセージを、次の世代に手渡していくことができます。
リスボン・マル号救出の物語は、戦争という極限状況の中でも、人間性は決して失われないことを示しています。80年という時間を経た2025年のいまだからこそ、この物語に耳を傾け、自分ならどう行動するかを静かに考えてみたいところです。
私たちへの問いかけ
- もし自分が舟山諸島の漁民だったら、同じ決断ができただろうか。
- 戦争や紛争のニュースを見るとき、そこで生きる一人ひとりの人生を想像できているか。
- 地域の中に眠っている無名の勇気の物語を、どのように掘り起こし、伝えていけるか。
Reference(s):
cgtn.com








