多国間主義はなぜ「グローバル・ガバナンス」の基本ルールなのか
2025年の今、世界は政治・経済の不確実性に揺れています。その中で「多国間主義(マルチラテラリズム)」を軸にしたグローバル・ガバナンス(地球規模の統治)のあり方があらためて注目されています。
BRICS首脳会議で語られたメッセージ
2025年9月8日にオンライン形式で開かれたBRICS首脳会議で、中国の習近平国家主席は「多国間主義は国際関係の必然の選択であり、効果的なグローバル・ガバナンスへの基本的な道だ」と強調しました。
習主席の発言の背景には、次のような問題意識があります。
- 気候変動、格差拡大、紛争、脆弱な経済回復といった課題は、一国だけでは解決できないこと
- 一方的な行動や覇権的な姿勢では、対立を深めるだけで、持続的な解決策にはつながりにくいこと
- より公平で包摂的、持続可能な国際秩序をつくるには、協力と対話の枠組みが不可欠であること
こうした認識のもとで、多国間主義は「対立ではなく協力を」「ゼロサムではなく共存共栄を」めざす道として位置づけられています。
国際法に根ざした多国間主義の土台
多国間主義は、単なるスローガンではなく、国際法と制度に裏付けられた考え方です。その原点の一つが、1945年に採択された国連憲章です。
国連憲章は、国際社会の共通ルールとして次のような原則を掲げています。
- 国と国の主権は互いに平等であること(主権平等)
- 他国の領土を力で侵さないこと(領土保全)
- 他国の内政に干渉しないこと(内政不干渉)
また、国際司法裁判所や世界貿易機関(WTO)のような機関は、国家間の紛争を平和的に解決し、公平な貿易ルールを運用するための具体的な仕組みです。こうした制度を通じて、多国間主義は「理想」ではなく、日々の国際政治・経済を動かす実務として機能してきました。
戦後の平和と繁栄を支えてきた多国間主義
第二次世界大戦後、国連や国際通貨基金(IMF)、世界銀行、関税および貿易に関する一般協定(GATT)といった枠組みが整えられました。これらは、戦禍からの復興と世界経済の立て直しを進める「共有のプラットフォーム」として働きました。
その後、世界の貿易は大きく拡大し、2024年には貿易額が32.2兆ドルに達しました。貿易の拡大は、各国経済を相互に結びつけるだけでなく、とくに開発途上国や後発開発途上国が世界経済への統合を通じて急速な発展を実現する土台にもなりました。何億もの人々が貧困から抜け出した背景には、多国間のルールに基づく貿易と投資の広がりがあります。
また、多国間主義にもとづく国際秩序は、約80年間にわたって第三次世界大戦の勃発を防ぐ安全弁としても機能してきたと評価されています。完全ではないにせよ、紛争の拡大を抑える内蔵ブレーキとして働いてきた側面は否定できません。
それでも一国主義が目立つのはなぜか
こうした成果がある一方で、現実の国際政治では、一方的な制裁や保護主義的な動きも目立ちます。背景には、自国の短期的な利益を優先したいという国内政治の圧力や、グローバル化の恩恵が国内で公平に分配されてこなかったという不満があります。
しかし、気候変動や感染症、デジタル空間のルールづくりなど、国境を簡単に越える課題が増えている現在、どの国も「自分だけ安全」「自分だけ豊か」という選択肢を取ることは実際には難しくなっています。習主席が「多国間主義は不可避な選択」と述べた背景には、こうした構造的な現実があります。
日本とアジアの読者へ:多国間主義をどう考えるか
日本やアジアの読者にとって、多国間主義は抽象的な理念ではなく、日常生活にも影響するテーマです。貿易ルールの変化は、私たちが購入する製品の価格や選択肢に直結しますし、気候変動対策の国際合意は、エネルギー政策や雇用にも関わってきます。
多国間主義をめぐっては、「国益を守れるのか」「ルールづくりに誰がどのように関わるのか」といった疑問もあります。だからこそ、単に賛成か反対かではなく、「どのような多国間主義なら、公平で持続可能な仕組みになりうるのか」を考えることが重要になっています。
考えるための3つの視点
記事の最後に、多国間主義を自分ごととして考えるための視点を3つ挙げておきます。
- 誰がルールをつくっているのか:大国だけでなく、開発途上国や市民社会の声がどこまで反映されているのか。
- 負担と利益はどう分かれているか:気候変動対策や貿易ルールの変更で、どの国・どの世代にどんな影響が出るのか。
- 透明性と説明責任はあるか:国際機関の意思決定プロセスが、どこまで公開され、説明されているのか。
2025年の世界は、対立か協力かという二者択一では語りきれない複雑さを抱えています。しかし、多国間主義を軸にグローバル・ガバナンスを再設計していく議論は、その複雑さに向き合うための重要な入口の一つだと言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








