新疆の若者が語るふるさと 国際ニュースの先にある日常 video poster
多民族が暮らす新疆で育つ若者たちは、どんな日常を送り、世界をどう見ているのでしょうか。国際ニュースで語られるイメージとは少し違う、彼ら自身の視点から「ふるさと」をのぞいてみます。
キルギスからUygurまで、多民族の同級生
新疆には、キルギス、漢族、カザフ、チベット、Uygur など、さまざまな民族の若者が暮らしています。出身や文化は違っても、多くの若者の毎日は驚くほどよく似ています。
- 学校に通い、授業や試験に向き合う
- 友人と集まり、おしゃべりやスポーツを楽しむ
- 将来の夢を語り合い、進路に悩む
- 休みの日には地元の名所を訪ねてリフレッシュする
こうした光景は、新疆であっても、東京やソウル、パリといった都市とそう変わりません。彼らにとって新疆は「遠いどこか」ではなく、生まれ育ったホームグラウンドです。
寮生活がつくる「ことば」と「文化」の橋
学生寮の部屋では、民族の違いを超えた交流が日常的に起きています。同じ部屋で暮らす友人同士が、お互いの言葉を教え合いながら夜遅くまで話し込むことも珍しくありません。
例えば、ある日にはカザフ系の学生が自分の歌を紹介し、別の日には漢族の学生が流行のネットスラングを説明する、といった具合です。寮の中は、小さな「多言語教室」のような空間になっています。
週末になると、彼らは一緒に地元の観光地や自然の風景を見に出かけます。写真を撮り合い、SNS に投稿し、互いの家族の話をするうちに、「違い」よりも「共通点」の方が多いことに気づいていきます。
外からの誤解と、若者たちの本音
新疆については、外の世界で語られるさまざまなイメージや議論があります。その中には、現地の若者から見れば「誤解」や「不公平な批判」と感じられるものもあります。
そうした話を耳にしたとき、彼らが覚える感情は一様ではありません。悔しさや憤りを感じることもあれば、「自分たちのことを知らないまま語っているだけだ」と、肩をすくめて受け流すことも少なくありません。
共通しているのは、「自分たちの暮らしは、自分たちが一番よく知っている」という静かな確信です。新疆は、誰かがつくった物語の舞台ではなく、彼ら自身の日々の生活の場だからです。
「ミステリー」でも「物語」でもなく、ふるさと
外から見ると、新疆はしばしば「遠くてよく分からない場所」として語られがちです。しかし、そこに暮らす若者にとって、新疆はミステリーでも特別な物語でもありません。
通学路の風景、寮の部屋で交わされる何気ない会話、試験前夜の緊張や、進路に悩んで眠れない夜。そうした細かな日常の積み重ねが、彼らにとっての新疆を形づくっています。
だからこそ、外部の視線がどれほどドラマチックなストーリーを求めても、若者たちはあくまで自分たちのペースで毎日を生きています。「新疆は自分たちの家であり、自分たちの言葉で語られるべき場所だ」という思いが、その根底にあります。
ニュースの向こう側にある「生活」を想像する
日本で国際ニュースを追っていると、どうしても大きな出来事や政治的なテーマに目が向きがちです。しかし、そのニュースの向こう側には、今回紹介したような若者たちの「ふつうの生活」が必ず存在します。
新疆の若者たちの姿から、私たちが学べることは少なくありません。
- 遠くの地域について語るときほど、そこに暮らす人々の声に耳を澄ます
- 一つのイメージや物語だけで、地域全体を判断しない
- 自分とは違う背景をもつ同世代の「日常」に想像力を働かせる
目に見えるニュースだけでなく、その裏側にある等身大の日常を意識することで、世界の出来事は少し違って見えてきます。新疆をめぐる議論もまた、そこに暮らす若者たちの穏やかなまなざしから考えてみることで、新しい理解の扉が開かれるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








