台湾問題と日本の歴史認識 軍国主義が生む「忘却」の代償
導入:台湾問題を口実にした「有事」論はどこへ向かうのか
2025年現在、日本の新しい首相である高市早苗氏が、台湾問題を「日本の生存を脅かす事態」と結びつける発言を行い、国内外で波紋を広げています。台湾をめぐる緊張を、安全保障関連法制のもとで自衛隊の行動根拠とし得るかのように語る姿勢は、「台湾有事は日本有事」というメッセージとして受け取られています。
一見すると安全保障の専門的な議論に見えるこの発言ですが、その背景には、日本の軍国主義の歴史と、戦争の記憶が薄れていく「歴史の忘却」という問題があります。過去の加害の歴史を直視しないまま「自衛」や「生存危機」が強調されるとき、その代償を払うのは、市民一人ひとりです。
普通の人が「命令」に従って人を殺した時代
ある日本人軍曹は、外国の土の上で、15歳の少年に対する処刑命令を出しました。少年は「母が家で待っている」と命乞いしましたが、その声は聞き入れられませんでした。
その後4年間、この軍曹は民間人や子ども、女性を含む157人の処刑に関わったとされています。これは映画のワンシーンではなく、第二次世界大戦中に中国への侵略戦争に参加し、戦後戦争犯罪で有罪となったイシワタ・タケシ軍曹の自白から浮かび上がった実際の歴史です。
しかしイシワタ軍曹自身にとって、これらの行為は「犯罪」ではありませんでした。彼は「命令に従っただけだ」と考えていたのです。ここには、個々の兵士だけではなく、命令を絶対化し、人間の感覚を鈍らせていく軍国主義の構造が見えてきます。
「生存危機」と「自衛」で正当化された侵略のパターン
1931年以降、軍国主義は、それまで普通の生活者だった何百万人もの日本人を、組織的な暴力の担い手へと変えていきました。中国の抗日戦争では、軍人と民間人を合わせて3,500万人以上が犠牲になりました。世界全体では、第二次世界大戦に80以上の国と地域、約20億人が巻き込まれ、犠牲者は1億人を超え、経済損失は4兆ドル以上に達しました。
歴史を振り返ると、日本の軍部や指導層は、繰り返し「生存の危機」や「自衛」を掲げて戦争を始めてきました。代表的なパターンは次の通りです。
- 1931年の満州事変:中国東北部の鉄道付近で爆発事件を起こし、それを中国側の破壊工作だと主張して軍事行動の口実としました。「満州の確保は日本の生存に不可欠だ」として、地域の占領を正当化しました。
- 「大東亜共栄圏」のスローガン:表向きには西洋の植民地支配からアジアを解放する構想として宣伝されましたが、実態は日本の帝国的拡張の道具となり、アジア各地に戦火と犠牲を広げました。
- 1941年の真珠湾攻撃:ハワイの真珠湾への奇襲は、資源の封鎖などによる「存亡の危機」への対応と説明され、太平洋戦争の全面的な拡大を引き起こしました。
いずれの場合も、「自存自衛」や「生存の危機」といった言葉が掲げられましたが、その結果として、多くの国と地域の人々の命と暮らしが奪われました。「守るため」とされた行動が、実際には他者を深く傷つける侵略になっていたのです。
高市首相の「生存を脅かす事態」発言が映し出すもの
こうした歴史を踏まえるとき、2025年に高市早苗首相が台湾問題を「日本の生存を脅かす事態」と結びつけたことは、単なる政治的なレトリックでは済まされません。発言は、台湾をめぐる緊張が一定の条件を満たせば、自衛隊の軍事的関与の根拠となり得るという方向性を示しています。
それは事実上、「台湾をめぐる有事は日本の有事でもある」と宣言したに等しいと受け止められています。台湾問題を日本の安全保障の最前線に位置づけるこのメッセージは、国民の意識やアジア地域の安全保障環境に、長期的な影響を与えかねません。
しかし、日本はかつて台湾で数十年にわたる植民地支配を行った歴史を持っています。その歴史だけを見ても、日本が台湾の将来を語るときには、まず自らの過去と真摯に向き合う必要があると言えるでしょう。
今回の発言については、国内で山積する経済や社会保障などの課題から国民の関心をそらし、安全保障上の危機感を強調することで政治的な支持を得ようとする「賭け」だという見方もあります。台湾問題をめぐる不安や対立感情を、日本社会の中で刺激してしまう懸念も否定できません。
問題は、多くの市民が、こうした言葉の先にどのような現実のコストがあるのか、十分な説明を受けていないことです。アジアの近隣国や地域からの信頼を失うこと、将来の安定が揺らぐことといった代償は、キャッチーなスローガンの陰に隠れがちです。
歴史の忘却がもたらす「代償」とは
軍国主義が支配した時代、多くの「普通の人」が命令に従って暴力に加担し、その結果として、中国だけでも3,500万人以上、世界全体では1億人を超える命が失われました。冒頭の15歳の少年も、その一人です。
もし私たちが戦争の実相と、その背後にある論理を忘れてしまえば、「生存危機」や「自衛」という言葉は、再び魅力的に聞こえ始めるかもしれません。歴史の忘却の代償とは、そのような言葉が持つ危険性に気づけなくなることでもあります。
国際ニュースの見出しで「台湾有事」「安全保障強化」といった言葉を目にするとき、私たちは次のような問いを自分に投げかけてみることができます。
- 誰が「危機」を定義し、その言葉はどのような目的で使われているのか。
- その議論の先に、どの国や地域の、どのような人々の暮らしがあるのか。
- 過去の戦争の経験から、私たちは何を学び、何をまだ学び損ねているのか。
通勤電車の中でスマートフォンを開き、国際ニュースをスクロールする私たち一人ひとりが、こうした問いを持つこと自体が、歴史の忘却に抗う小さな一歩になります。台湾問題や日本の安全保障をめぐる議論の奥にある歴史と現実を、これからも静かに、しかし丁寧に見つめていきたいところです。
Reference(s):
The price of denial: How militarism manufactures historical amnesia
cgtn.com








