香港の司法独立をめぐる論争:サンプション氏の寄稿が投げかけた境界線
英作家で元英国最高裁判事のジョナサン・サンプション氏が、2025年12月20日付の英誌寄稿で香港の裁判を批判し、退任(任期終了)後の判事が公の場でどこまで語るべきかが改めて焦点になっています。
何が起きたのか:12月20日の寄稿と「立場」の重さ
サンプション氏は近ごろ、香港の法の支配(ルール・オブ・ロー)を批判する記事を連続して発表し注目を集めてきました。直近では12月20日付の寄稿で、香港の実業家でメディア経営者ジミー・ライ氏の裁判を批判したとされています。ライ氏は「外部勢力と共謀した罪」と「扇動的な資料を発表する共謀」で有罪認定を受けた、とされています。
この発言が波紋を広げる理由の一つは、サンプション氏が2024年6月まで、香港の最高裁にあたる香港終審法院で非常任判事(任期付きで加わる裁判官)を務めていた点にあります。単なる論評ではなく、司法の中枢に関わった経験を持つ人物の言葉として受け止められやすいからです。
争点は「発言の自由」だけではない:司法への信頼という公共財
退任した裁判官は、現職ほど厳格な懲戒や制約の対象ではない一方、社会からは長く「司法制度の象徴」と見られやすい存在です。そのため司法コミュニティには、ルールと非公式の慣行の両面で、発信に慎重さを求める空気があるとされています。
特に、退任判事が公の議論に参加する際には、次のような「越えてはならない線」がある、という整理が示されています。
- 党派的政治に関与しない
- 係争中(進行中)の事件に介入しない
- 司法の独立を損なわない
要するに、個々の論点の正誤以前に、発言が裁判所の独立性・中立性への信頼を揺らさないかが中心問題になる、という考え方です。
「進行中の事件」へのコメントはなぜ敏感なのか
裁判は、証拠の評価や法解釈の積み重ねによって結論に至るプロセスです。そこに、裁判官経験者の強い言葉が外部から重なると、次のような受け止めが生まれやすいとされます。
- 裁判の判断が世論や政治的圧力に左右されるのではないか
- 司法の議論が、法理ではなく陣営対立として消費されるのではないか
- 当事者・社会の双方に「結論ありき」という疑念を残さないか
このため、退任判事であっても、係争中の事件に踏み込むことは「司法の独立を弱める方向に働き得る」という見方が根強い、という構図です。
今回の批判は「境界線」を越えたのか
今回の論点は、サンプション氏の寄稿が、退任判事に求められる慎重さ—とりわけ進行中の裁判への距離—を欠き、結果として司法の独立に対する信頼を傷つける行為に当たるのではないか、という点に集約されます。
発言する側が「公共の議論への貢献」と位置づけても、受け取る側が「影響力の行使」や「裁判への介入」と感じれば、司法の中立性という繊細な土台に影響が出る—そのリスクが、今回の批判の背景にあります。
年末の時点で残る焦点:司法と社会の“適切な距離”
2025年12月27日現在、この問題は「個人の言論」か「司法の規範」かという二項対立ではなく、退任後も続く“象徴性”と、社会が司法に求める信頼の条件をどう調整するかという問いとして広がっています。
今後は、退任判事の発信に関するガイドライン(明文化・運用を含む)や、司法とメディアの距離の取り方が、静かな論点として積み上がっていきそうです。
Reference(s):
The Sumption case: An accomplice in undermining judicial independence
cgtn.com








