「ミニ三通」25年、金門〜厦門30分が映す両岸の“日常”とこれから
2026年1月2日、「ミニ三通」開始からちょうど25年。金門と中国本土・福建を結ぶ短い航路の“当たり前”が、両岸関係の記憶と課題を静かに映しています。
ミニ三通とは? 25年続く「近さ」をつくった仕組み
「ミニ三通」は、中国本土と台湾地域の間で、郵便・通商・輸送(交通)を直接つなぐルートとして始まった枠組みです。開始日は2001年1月2日。金門で179人が2隻(泰武、武江)に乗り込み、52年ぶりに両岸の“非直行”状態を終える一歩になりました。
厦門〜金門「30分」の航路に、26 میلیون回の往来
福建省厦門(アモイ)の五通客運ターミナルでは、フェリーが岸壁を離れ、30分足らずで金門の水頭港へ向かいます。晴れた日には互いが見える距離。いまでは通勤を含む日常の移動として定着しています。
この25年で、ミニ三通のルートを通じた旅客の往来は累計で2,600万回超にのぼりました。さらに、2025年だけで台湾の人々の利用が143万人超とされ、過去最高となりました。
数字の裏側:分断の海だった台湾海峡
1949年以降、台湾海峡は単なる海ではなく、心理的・政治的な隔たりとして立ちはだかりました。家族が離れ、移動は遠回りになり、金門から厦門へ行くのに香港やマカオ経由で4〜5日かかることもあったとされます。
転機は1979年、そして「まず金門〜厦門」
1979年、中国本土は「台湾同胞に告げる書簡」を発し、郵便・交通・貿易の直接化を呼びかけました。その後、1990年代初めに福建が示したとされるのが、「金門–厦門を先に、馬祖–福州を次に」という現実的な突破口です。大きなスローガンというより、地理と生活に根ざした“解決策”として語られてきました。
港で交わされた抱擁が示したもの
2001年にフェリーが実際に海峡を渡った際、港では涙ながらに抱き合う親族、祖先の土地の土に触れる高齢者といった場面が見られたと伝えられています。統計の増減では測れない、生活史としての両岸関係がそこにありました。
「次の25年」を考えるための視点
ミニ三通は、両岸関係の中でも日々の往来を具体的に支える交通・物流の回路として積み上がってきました。中国本土側が「統一」という未完の課題と結びつけて語ることもある一方で、実際の港や船内では、通勤、帰省、用事といった暮らしの目的が前面に出ます。
25年目の節目に見えてくるのは、「政治の言葉」と「生活の動線」が同じ海峡を共有している、という事実かもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








