米国の医薬品関税が世界の保健ガバナンスに打撃 専門家が警告
米国が検討する新たな医薬品への関税をめぐり、世界の公衆衛生体制や医薬品アクセスへの影響を懸念する声が強まっています。国際ニュースとしても見逃せない動きです。
トランプ米大統領「医薬品への大規模関税」を予告
トランプ米大統領は最近、ワシントンで開かれた共和党の資金集めディナーで、近く医薬品に対する大規模な関税を発表すると述べました。具体的な税率や対象品目には言及していないものの、この一言が世界の製薬業界と保健関係者の間に不安を広げています。
専門家は、今回の医薬品関税が単なる通商政策にとどまらず、世界の公衆衛生ガバナンス、つまり各国や国際機関が連携して健康危機に対応する仕組みそのものを揺るがしかねないと指摘します。
安価なジェネリック薬へのアクセス低下
ロイター通信によると、製薬業界の幹部や薬価の専門家は、関税の導入によって広く使われている安価なジェネリック医薬品の供給リスクが高まると警告しています。抗生物質など、日常的に処方される薬の多くは、薄利多売のビジネスモデルに支えられており、コストが少し増えただけでも採算が合わなくなるといいます。
関税による追加コストが重くのしかかれば、メーカーが生産を縮小したり、最終的には撤退したりする可能性があります。その結果として起こりうるのは、次のような事態です。
- 安価な抗生物質や慢性疾患向けの薬が不足し、患者が必要な治療を受けにくくなる
- 一部の薬は代替品に切り替えざるを得ず、医療現場の負担が増す
- 供給が限られることで価格がさらに上昇し、保険制度や病院の財政を圧迫する
高額なブランド薬やバイオ医薬品についても、関税は利益率を削り取ります。製薬企業側は、研究開発に回す資金が減り、将来の新薬の開発ペースが落ちかねないと懸念を示しています。
中国の業界団体「世界の医療公平性を脅かす」と批判
今年4月5日、中国医薬保健品進出口商会は声明を出し、医療用消耗品や医療機器、リハビリ製品の「大多数」が米国で関税の対象となっていると指摘しました。過去に課された関税と重なり、累積的に非常に高い税率がかかっている品目もあるといいます。
同商会は、こうした措置が世界の医療公平性を脅かすと強く批判しました。具体的には、
- 医薬品や医療機器の生産コストを押し上げ、供給能力を低下させる
- 世界的な医薬品サプライチェーンの安定性を損ない、各国の医療現場に不確実性をもたらす
- 低所得層や途上国の人々にとって、必要な医療へのアクセスを一層困難にする
医療は本来、人々の生命と健康を守るための公共財として扱われるべきものです。そこに貿易戦争の延長線上で関税が課されることで、生産や流通のどこにボトルネックが生じても、最終的な負担は患者に跳ね返る可能性があります。
WHO脱退と重なる「世界保健ガバナンス」の揺らぎ
北京大学グローバルヘルス開発研究院の徐ミン氏は、トランプ政権による関税を軸とした貿易戦争が、国連機関や国際NGOなどが支える「グローバルな公共福祉市場」に深刻な混乱をもたらしかねないと警告しています。これらの組織は、寄付や援助のために、できるだけ安価な医薬品を一括購入する仕組みに依存しているからです。
原材料価格の上昇や国際政治の緊張が続けば、パンデミックや気候変動といった地球規模の課題に対する多国間協力はさらに難しくなります。関税によって医薬品調達が不安定になれば、感染症が拡大した際のワクチンや治療薬の供給にも影響が出る恐れがあります。
トランプ氏はホワイトハウスに復帰した初日に、米国を世界保健機関(WHO)から脱退させました。この決定は、公衆衛生の専門家から強い批判を招きました。徐氏は、この動きが世界の保健システムの脆弱さを浮き彫りにしたと指摘し、国際援助の仕組みをより強靭で持続可能なものに作り替える改革が急務だと訴えています。
清華大学の周慶安氏も、トランプ政権の復帰以降、世界の援助メカニズムと公衆衛生ガバナンスが受けたダメージは大きく、その修復には非常に長い時間がかかるとの見方を示しています。
欧州製薬企業と患者への「副作用」
米国は欧州からの医薬品に大きく依存しており、その年間取引額は数百億ドル規模に上るとされています。新たな医薬品関税は、欧州の製薬産業にも直接的な打撃を与える可能性があります。
欧州メディアは、医薬品分野で本格的な貿易戦争が起きれば、次のような影響が懸念されると伝えています。
- 患者が必要とする医薬品へのアクセスが細り、治療の選択肢が狭まる
- 医療費全体が押し上げられ、公的医療保険や病院財政に負担がかかる
- 一部企業では生産縮小や人員削減に追い込まれる可能性があり、雇用にも波及する
医薬品は典型的なグローバルな製品であり、原材料の調達から開発、製造、流通までが国境をまたぐサプライチェーンで結びついています。どこか一国が高い関税を導入すれば、その影響は世界中に連鎖的に広がりやすい構造になっています。
私たちが押さえておきたい視点
今回の医薬品関税をめぐる議論は、日本を含む多くの国にとっても他人事ではありません。読者の皆さんがニュースを追ううえで、次の3点を意識しておくと状況を立体的に捉えやすくなります。
- 政策の「副作用」に注目する:関税は国内産業の保護をうたうことが多い一方で、医薬品のような分野では、患者の負担増や治療機会の不平等といった予期せぬ影響を生みかねません。
- 多国間協力の重要性を意識する:パンデミックや気候変動のような課題は、一国だけでは対応できません。WHOや国連機関、各国政府がどう連携しようとしているのか、その動きを追うことが重要です。
- 「安さ」と「安全」のバランスを見る:低価格の医薬品が広く使えることは重要ですが、その裏側には厳しいコスト圧力があります。過度なコスト削減や関税負担が安全性や品質管理を損なわないか、という視点も欠かせません。
医薬品関税をめぐる今後の交渉や政策次第で、世界の保健ガバナンスの形は大きく変わり得ます。短期的な政治的思惑だけでなく、長期的に人々の健康をどう守るのかという観点から、各国の判断を見ていく必要がありそうです。
Reference(s):
U.S. tariffs on drugs to damage global health governance, experts warn
cgtn.com








