豪州でMYC標的の新薬臨床試験 「治療困難ながん」に挑む
2025年、オーストラリアの研究チームが、これまで有効な治療法がほとんどなかった「治療困難ながん」を狙う新しい臨床試験を立ち上げました。多くのがんの増殖を司るたんぱく質「MYC」を間接的に狙う新薬を使い、前立腺がんや乳がんなど複数のがん種に一度に挑みます。
世界のがん治療の常識を変える可能性
今回の臨床試験は、オーストラリア国立大学(ANU)とキャンベラ・ヘルス・サービスが主導し、連邦政府の助成を受けて実施されます。ANUの発表によると、この試験が成功すれば、攻撃性の高いがんの治療戦略を世界的に塗り替える可能性があり、複雑な分子メカニズムを持つ他の病気にも応用できる「ひな型」になるとされています。
この記事のポイント
- MYCに依存する攻撃性の高いがんを対象とした新薬PMR-116の臨床試験が豪州で始動
- がんの種類ではなく分子マーカーで患者を選ぶ「バスケット型」デザインを採用
- 標準治療が効かない患者に新たな選択肢を開く可能性があり、今後のがん治療戦略に影響が出ると期待される
標的は「長年薬にできない」とされたMYC
研究チームが焦点を当てるのは、MYCと呼ばれるたんぱく質です。MYCは人間のがんの約7割に関わるとされる一方で、構造的な理由から「ドラッグできない(薬剤で直接狙えない)標的」と考えられてきました。
今回試験される実験薬「PMR-116」は、MYCそのものをブロックするのではなく、MYCが細胞内で引き起こす下流のプロセスを止めることで、がんの増殖を抑えようとするものです。
新薬PMR-116はどんな仕組みか
PMR-116は、ANUの研究者とバイオ企業ピメラ・セラピューティクスが共同開発した実験薬で、リボソーム生合成と呼ばれる細胞内の仕組みを抑えるよう設計されています。リボソームは、細胞がタンパク質を作る工場のような存在で、MYCに依存するがん細胞はこの仕組みをフル活用して急速に増殖します。PMR-116はこの「工場の増設」を止めることで、がん細胞だけを狙い撃ちにすることを目指しています。
治験を率いる血液内科医でANU教授のマーク・ポリッツォット氏は、「MYCは長年『薬にできない標的』と見なされてきましたが、PMR-116の初期データは、その見方を変えうる有望な結果を示している」と述べています。
がんの場所でなく「分子の顔つき」で患者を選ぶ
この臨床試験の設計でもう一つ特徴的なのが、「バスケット型」と呼ばれるアプローチを採用している点です。従来の臨床試験は、乳がん、肺がんなど「がんが生じた臓器ごと」に患者を分けるのが一般的でした。
一方、バスケット型試験では、がんの種類ではなく、共通する分子マーカー(がんの性質を示す指標)で患者をグループ分けします。今回の試験では、MYCに依存して増殖している前立腺がん、乳がん、卵巣がん、血液がん、その他MYC駆動の腫瘍が対象になります。
ANU教授でPMR-116の共同開発者でもあるロス・ハナン氏は、この手法を、がんがどこにあるかではなく、どんな分子ドライバー(エンジン)で動いているかに着目する「新しい精密医療の方向性」だと説明しています。
2025年後半から患者登録、標準治療が効かない人を優先
研究チームによると、この臨床試験は2025年後半から、キャンベラ、メルボルン、シドニーの主要病院で患者登録を開始する予定です。特に、既存の標準治療に反応しなくなった患者を優先的に受け入れる計画です。
期待と同時に知っておきたいポイント
今回の試験は、これまで治療の選択肢が限られていた患者に新たな希望をもたらす可能性があります。一方で、PMR-116はまだ開発の初期段階にある薬であり、実際の有効性や安全性は、これから行われる臨床試験の結果を慎重に見極める必要があります。
- MYCという「難しい標的」に、間接的なルートから挑む試みであること
- 複数のがん種をまとめて扱うバスケット型試験であること
- 標準治療が効かなくなった患者に、新しい選択肢を模索する場になること
日本の読者にとっての意味
今回の国際ニュースは、がん治療のトレンドが「臓器別」から「分子別」へと移行しつつあることを示しています。日本でも、がんゲノム医療や分子標的薬の開発が進んでおり、MYCのような難しい標的にどう向き合うかは共通の課題です。
PMR-116の結果次第では、世界中の治療指針や研究開発の優先順位に影響が出る可能性があります。日々のニュースの一つとして追うだけでなく、「がん治療はこれからどこへ向かうのか」を考えるきっかけにもなりそうです。
Reference(s):
Researchers launch pioneering trial targeting untreatable cancers
cgtn.com








