宇宙飛行で血液の幹細胞が急速老化 最新研究が示すリスクと可能性
宇宙飛行が「血の工場」を老けさせる?
国際宇宙ステーション(ISS)へのSpaceX補給ミッションで運ばれた人の骨髄由来の造血幹細胞が、わずか30〜45日間の宇宙滞在で老化の兆候を強めていたことが、NASAの支援を受けた最新研究で示されました。長期宇宙飛行が血液と免疫の健康に与えるリスクが、より具体的に浮かび上がっています。
研究論文は2025年12月に学術誌Cell Stem Cellに掲載され、火星探査など長期ミッションを見据えた「宇宙と老化」の関係に、重要な示唆を与えています。
研究の概要:4回のSpaceXミッションでリアルタイム観測
研究チームは、個々のドナーから採取した骨髄の造血幹細胞・前駆細胞をISSに送り、宇宙空間で起きる変化をリアルタイムで追跡しました。対象となったのは、次の4回のSpaceX補給ミッションです。
- 2021年12月
- 2022年7月
- 2022年11月
- 2023年3月
いずれも滞在期間は30〜45日。各ドナーについて、地上に保管した細胞(対照群)と、宇宙に送った細胞(宇宙群)を比較し、宇宙飛行そのものが細胞にどのような影響を与えるかを調べました。
「造血幹細胞」とは何か
今回対象となったのは、「ヒト造血幹細胞・前駆細胞」と呼ばれる細胞です。これらは骨の内部にある柔らかい組織「骨髄」に存在し、次のような血液細胞の元になります。
- 赤血球:全身に酸素を運ぶ
- 白血球:感染症と戦う免疫細胞
- 血小板:血液を固めて出血を止める
この「血の工場」がうまく働かなくなると、傷ついた組織を修復する力が落ち、がんに対する免疫監視も弱まり、感染症にかかりやすくなり、寿命にも影響するおそれがあります。
宇宙で何が起きたのか:老化とDNAダメージの加速
宇宙に送られた造血幹細胞には、地上の細胞と比べて次のような変化が確認されました。
- 健康な新しい血液細胞を生み出す能力の低下
- DNA損傷を受けやすくなる脆さの増加
- 染色体の末端部分(テロメア)に老化を示す変化
- 幹細胞が過剰に活動し、休息と回復の能力が失われる「燃え尽き」状態
- ミトコンドリア内での炎症やストレス反応の増加
- 通常は沈黙している「ダークゲノム(隠れた遺伝子領域)」の一部が活性化
研究チームによれば、宇宙飛行中に幹細胞が過剰に働き続けた結果、将来に備えた「予備力」を削ってしまう状態に陥っていたといいます。幹細胞にとって、休んで自己修復する時間もまた重要であり、それが奪われた形です。
原因と考えられるもの:微小重力と宇宙放射線
こうした変化の主な要因として、研究者たちは次の2つを挙げています。
- 微小重力(ほぼ無重力)の環境
- 地上より高いレベルの宇宙放射線
人間の体は、地球の重力、空気の組成、比較的低い放射線量といった地球環境に最適化されて進化してきました。一方、宇宙空間では、大気と地球の磁場による「盾」がないため、宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線にさらされます。
これまでの研究でも、宇宙飛行が骨密度の低下や筋肉の萎縮、心血管系への負担、神経変性のリスク、免疫の乱れなどを引き起こすことが指摘されてきました。今回の研究は、その影響が血液をつくる幹細胞にも及び、老化を加速させている可能性を具体的に示した形です。
人によって影響が違う?「レジリエンス因子」の存在
興味深いのは、宇宙飛行による影響に「個人差」が見られた点です。研究の責任著者であるカトリオナ・ジェイミソン氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部・サンフォード幹細胞研究所)は、造血幹細胞の再生能力は全体として低下したものの、ドナーによって程度にばらつきがあったと指摘します。
一部の人の幹細胞では、「アンチエイジングのレジリエンス因子」と呼べるような防御メカニズムが働いている可能性があるというのです。この傾向は、現在掲載待ちとなっている後続研究でも裏付けられているとされています。
宇宙飛行のストレスに強い人と弱い人がいるのだとすれば、将来の宇宙飛行士選抜や個別の医療対策に、こうした個人差をどう生かしていくかが課題になりそうです。
宇宙探査と地上の医療への示唆
ジェイミソン氏は、血液をつくる幹細胞が宇宙でどう変化するかを理解することは、長期ミッションに挑む宇宙飛行士を守る対策づくりに役立つと語っています。同時に、老化やがんなど、地上の病気を理解するためのモデルにもなり得るといいます。
研究チームは、人の幹細胞が持つ「レジリエンス(回復力)の鍵となる要素」を特定しつつあり、それを宇宙飛行の前・最中・後に高める方法を探っています。こうした追加研究は、2025年11月に打ち上げられたISS向けのSpaceX補給ミッションでも進められているとされています。
将来、こうした知見に基づいて、
- 宇宙放射線から幹細胞を守る新しい治療法
- 老化の進行を抑える医療技術
- がんの発症リスクを低減する予防策
などが開発されれば、宇宙飛行士だけでなく、地上で暮らす私たちの健康にも還元される可能性があります。
「宇宙で老化を研究する」という発想
今回の研究は、宇宙飛行のリスクを示すだけでなく、「宇宙を利用して人の老化を早回しで観察する」という発想の一端も示しています。重力や放射線環境が大きく異なる空間は、人間のからだの限界や適応力を学ぶための、極端な実験場とも言えます。
人類が宇宙へと活動範囲を広げるなかで、どこまで健康リスクを許容すべきなのか。宇宙飛行士を守る技術と、地上の高齢化社会を支える医療技術をどう結びつけていくのか。今回の「幹細胞の老化」というニュースは、そんな問いを私たちに静かに投げかけています。
Reference(s):
Study: Spaceflight accelerates aging of human blood-forming stem cells
cgtn.com








