AI時代の教育現場で「カンニング」の線引きはどこまで許される?
生成AIの急速な普及で、米国の高校や大学では「どこまでが学習支援で、どこからがカンニングか」という線引きが揺れています。従来の本の感想文や持ち帰りテストは姿を消しつつあり、教員も学生も新しいルール作りに追われています。
AIで宿題が「絶滅危惧種」に? 教員が感じる危機感
かつて一般的だった本の感想文や自宅で書くレポート課題は、いまや「過去のもの」になりつつあります。米国の高校・大学の教員らは、学生による生成AIの利用があまりに広がったため、教室外で執筆を課すこと自体が「学生に不正をさせているのではないか」と感じ始めています。
南カリフォルニアにある高校で23年間英語を教えてきた教員のケース・カニー氏は、「カンニングはこれまでで最悪の状況だ」と語ります。自宅に持ち帰る課題はほぼ何らかのAIに頼っていると見ざるを得ず、「家に持ち帰らせるものは、すべてAIで作られていると想定せざるをえない」と話しています。
そのため、カニー氏は授業スタイルを大きく変えました。現在は、作文の多くを教室内で行い、教員側のパソコンから生徒の画面を監視できるソフトを使いながら、特定サイトへのアクセスを制限するなどして執筆プロセスを見守っています。
同時に、AIを単に締め出すのではなく、授業に取り込む試みも進めています。カニー氏は、AIを「ズルの道具」ではなく「学習の補助」として使わせることを意識し、「AIでカンニングするのではなく、AIと一緒に学べるようにする」ことを目標にしているといいます。
学生の本音:「どこからがアウトか」が分からない
一方で、学生たちはAIの活用に助けられながらも、「どこまで使ってよいのか」という不安を抱えています。
米国東海岸のリベラルアーツ系大学に通う大学2年生で、心理学を専攻するリリー・ブラウンさんは、エッセイの構成を考えるときにChatGPTを頻繁に使っています。自分だけではうまく組み立てられないと感じるときに、アウトライン作りを手助けしてもらうためです。
1年生のときに受けた哲学の授業では、指定された文献が「ほとんど別の言語のように感じられた」と話します。そこで、まずAIに要約させてから原文を読むことで、ようやく内容を理解できるようになったといいます。
しかし、その一方でリリーさんは「これってカンニングなのだろうか」と自問します。読み物の要約をAIに任せるのは良いのか、アウトライン作りを手伝ってもらうのはどうか、自分で書いたエッセイをAIに見せて改善点を聞いたり、文章を修正してもらったりするのは許されるのか――線引きはあいまいです。
授業のシラバスには「AIを使ってエッセイを書いたり、考えそのものを作らせたりしてはいけない」といった文言が書かれていることが多いといいます。ただ、それだけでは実際の場面ごとに「どこまでがセーフで、どこからがアウトか」が分かりにくいままです。
さらに、多くの学生は、教員に直接「ここまでAIを使ってもいいですか」と聞くのをためらいます。少しでもAIを使っていると打ち明けた瞬間に、「不正をしている学生」と見なされるのではないかという不安があるからです。
学校側も試行錯誤:禁止から「AIリテラシー」へ
ChatGPTが登場した2022年末以降、当初は多くの学校が生成AIの利用を一律に禁止する対応を取りました。しかし、ここ数年で教育現場の見方は大きく変化しています。仕事や日常生活にもAIが浸透しつつあるなかで、「AIリテラシー(AIを理解し、適切に使う力)」という言葉が教育界のキーワードになりつつあります。
米カリフォルニア大学バークレー校では、教員全員に向けて新たなガイダンスをメールで配布し、シラバスにAI利用に関する明確な方針を必ず書き込むよう求めました。どの授業で、どの程度までAIの利用を認めるのかを事前に説明することで、学生の混乱を減らしたいという狙いです。
一方で、学則に基づく「学問上の誠実さ(アカデミック・インテグリティ)」をどう守るかは、これまで以上に難しくなっています。カーネギーメロン大学のハインツ・カレッジでAIに関する教員委員会の議長を務めるレベッカ・フィッツシモンズ氏は、AIの利用は発見しにくく、決定的な証拠を示すことも困難だと指摘します。
画面を見ただけでは、人間が書いたのかAIが書いたのかを完璧に見分けることはできません。AI利用を検出するツールも存在しますが、それだけを根拠に処分することは難しく、誤判定への懸念もあります。そのため、ルール作りと同時に、「どうやってAIを前提にした課題設計や評価方法に変えていくか」が問われています。
「ズル」か「スキル」か:AI時代の評価をどう変えるか
では、AIが当たり前に存在する2025年の教室で、何をもって「カンニング」とし、何を新しい学びのスキルとして認めるべきなのでしょうか。現場の試行錯誤から、いくつかの方向性が見えてきます。
1. プロセスを評価する
完成したレポートだけでなく、メモ、下書き、構成案など、作品ができあがるまでのプロセスを重視する方法です。教室内での執筆時間を増やし、その途中経過も評価対象にすることで、「AIが最初から全部書いたのか」を問うよりも、「学生がどこまで自分で考えたのか」を見やすくなります。
2. AI利用のルールを明文化する
「とにかく使うな」と禁止するのではなく、「ここまでは認め、ここから先は不正」と具体的に示すことも重要です。例えば、
- 文献の要約はAIを使ってよいが、最終的な意見や結論は自分で書く
- アウトライン作りにAIを使った場合は、その旨を明記する
- 文章の誤字・文法チェックのような軽微な修正は認める
といったルールを事前に共有することで、学生も安心して適切な範囲でAIを使えるようになります。
3. AIでは代替しにくい課題を増やす
AIは大量の文章を短時間で生成できますが、個人の経験や教室での議論、その場での対話をもとにした課題にはまだ限界があります。授業内ディスカッションを踏まえた振り返りレポートや、プレゼンテーション、口頭試問など、人と人とのやりとりを重視する評価方法の重要性はむしろ高まっています。
AIとともに学ぶ時代へ:日本の教育への示唆
今回紹介したのは主に米国の高校・大学の動きですが、「AIをどう位置づけるか」「どこまでをカンニングとみなすか」という問いは、日本の教育現場にとっても他人事ではありません。
社会に出れば、AIツールを活用して情報を整理し、文章を洗練させる力が求められる場面は今後さらに増えていきます。その一方で、自分の頭で考え、根拠を示し、責任を持って意見を述べる力は、AIでは代替できません。
「AIの使用を全面禁止するか、完全に自由にするか」という二択ではなく、学生と教員が対話を重ねながら、「どのようにAIと付き合えば、学びの質を高められるのか」を具体的に考えることが求められています。
AI時代の教室で、「ズル」ではなく「新しいリテラシー」としてのAI活用をどう位置づけるのか。今後、日本でも本格的な議論が進んでいきそうです。
Reference(s):
As AI reshapes education, schools struggle with how to define cheating
cgtn.com








