海の炭素循環を4分に短縮 シチリア発LimenetのCO2除去技術 video poster
地球温暖化と海洋酸性化が同時に進む中、イタリア・シチリアのスタートアップ「Limenet」が、海の自然な炭素循環を高速化するというユニークな技術で注目を集めています。自然の仕組みを生かしながら、二酸化炭素(CO2)削減と海洋の回復を同時にねらう試みです。
酸性化が進む海:揺らぐ「炭素のクッション」
これまで数千年にわたり、海は大気中のCO2を吸収し続け、地球の気候を安定させる役割を果たしてきました。海がいわば「炭素のクッション」として働いてきたからこそ、私たちは現在のような環境で生きてこられたともいえます。
しかし、CO2排出が増え続けた結果、その限界が見え始めています。海水中に溶け込んだCO2は炭酸となり、海を酸性寄りに変化させます。現在、海の酸性度は産業革命前と比べて約30パーセント高くなっているとされ、これがプランクトンや貝類、サンゴなど、海の生態系の基盤を揺るがしています。
各国が掲げる排出削減目標の達成も危ぶまれる中、「排出を減らす」と同時に「大気中からCO2を取り除く」技術への関心が高まっています。
「死の三角地帯」から生まれた脱炭素イノベーション
Limenetは、シチリア島の工業地帯に拠点を置く企業です。この地域は石油化学コンビナートなどが集中し、重い環境負荷から「死の三角地帯」とも呼ばれてきました。その場所から、気候変動と海洋酸性化に同時に取り組む新しい技術が生まれつつあります。
創業者のステファノ・カペッロ氏らが着目したのは、地球上に豊富に存在する「石灰石」です。石灰石は、自然界の長い時間スケールでCO2を吸収し、最終的に海の中に炭素を閉じ込める重要な役割を担っています。
Limenetの仕組み:自然のプロセスを「加速」する
地質学的な時間スケールでは、次のようなプロセスでCO2が固定されていきます。
- 大気中のCO2が雨水に溶け、弱い酸性の「炭酸水」となる
- その水が石灰石などの岩石をゆっくりと溶かし、炭酸水素イオンやカルシウムイオンを生み出す
- それらが川を通じて海に運ばれ、最終的に炭酸塩として海水中や海底に長期間固定される
このサイクルは、通常なら数千年から数百万年という非常に長い時間がかかります。Limenetは、このプロセスを人工的なリアクターの中で再現し、その時間を「およそ4分」にまで短縮することを目指しています。
ポイントは、自然界と同じ化学反応を利用しつつ、それを管理された環境の中で一気に進めることにあります。人工的な薬品でCO2を無理に固定するのではなく、石灰石と水、CO2が本来たどる道を「早送り」するという発想です。
現状の規模は「海の一滴」だが…
2025年末時点で、シチリア島アウグスタ港にあるLimenetの仮設プラントは、年間約800トンのCO2を回収しています。カペッロ氏自身も、これは気候変動対策として必要とされる年間200億トン規模と比べれば「海の一滴」にすぎないと認めています。
それでも、この技術の潜在力は数字に表れています。石灰石は地殻の約7パーセントを占めるとされるほど豊富な資源です。仮に世界全体の石灰石生産量を2倍にし、そのプロセスにLimenetの技術を組み込むことができれば、理論的には年間10億トンを超えるCO2を除去できる可能性があるとされています。
もちろん、実際にそこまで拡大するには、コスト、エネルギー源、環境影響評価、規制など、多くの課題があります。それでも、「自然のメカニズムを利用してCO2を固定する」という発想は、他の技術にも応用しうる考え方といえます。
2026年に予定されるモジュール型リアクター
Limenetは、2026年初めに初の本格的なモジュール型リアクターの稼働を計画しています。モジュール化は、技術を世界各地の港湾や工業地帯に展開しやすくするための鍵とされます。
今後、複数のリアクターが並行して稼働できるようになれば、現在の「海の一滴」レベルから、より実用的な規模へと近づいていく可能性があります。
「自然と競う」のではなく「自然と組む」技術
Limenetの取り組みは、「自然と競争してCO2を取り除く」のではなく、「自然の働きを加速してもらう」という発想の転換でもあります。海と岩石がもともと担ってきた炭素循環のプロセスを理解し、それを人間の技術で補完する形です。
気候危機の規模を考えると、排出削減だけでは不十分であり、CO2除去技術も同時に進める必要があるという議論が世界で広がっています。その中で、Limenetのような「自然と共生するタイプ」の技術が、どこまで実際の解決策になりうるのかは、これから検証が進むテーマです。
私たちへの問い:どんな気候技術を選び、支えるか
海洋酸性化と気候変動は、地球全体の問題でありながら、私たちの日々の選択ともつながっています。どのような技術に投資し、どのような規模で導入していくのか。その判断は、政策だけでなく、市民の理解や世論にも左右されます。
石灰石と海の力を借りてCO2を固定しようとするLimenetの挑戦は、「自分たちは自然とどう付き合いたいのか」という問いを投げかけています。排出を減らす努力と同時に、こうした新しいアプローチをどう位置づけるのか。読者一人ひとりが考えるきっかけになりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








