1型糖尿病インスリン注射不要へ 東京発の国際試験が示した可能性
1型糖尿病で毎日のインスリン注射が欠かせなかった患者5人が、移植医療と新しい薬を組み合わせた治療により、注射から解放されました。2025年に東京で開かれた国際学会で報告されたこの臨床試験は、1型糖尿病の「機能的治癒」に一歩近づく成果として、国際ニュースとしても大きな注目を集めています。
東京の国際学会で示された「機能的治癒」への一歩
今回の結果は、東京で開催された「第2025回 Cell Transplant and Regenerative Medicine Society」の学会で、カミッロ・リコルディ医師から発表されました。長年、膵島移植の研究を続けてきた第一人者の一人です。
リコルディ医師は、発表の中で次のように強調しました。
「今回の結果は、膵島移植をより安全にし、もっと多くの人が利用できる治療にするために続けてきた数十年の取り組みが正しかったことを裏付けるものだ」
同医師はまた、世界的に糖尿病が急増している現状に触れ、「必要とされるのは、まさに今だ」と訴えています。
どんな治療なのか:膵島移植+新しい抗拒絶薬
今回の臨床試験は、シカゴ大学移植研究所のピョートル・ヴィトコフスキ医師が中心となり、マイアミ大学ミラー医学部の糖尿病研究所と協力して実施されました。ポイントは次の2つです。
- ドナー(提供者)の膵臓から取り出した「膵島(すいとう)」と呼ばれる細胞の集まりを、患者の肝臓に注入する
- 免疫拒絶反応を抑えるために、新しい抗拒絶抗体薬Tegoprubartを使う
膵島とは、インスリンを分泌する細胞が集まった組織のことで、1型糖尿病では自己免疫反応によってこの膵島が破壊されてしまいます。膵島移植は、この失われた機能を補うための再生医療の一種です。
対象は「ブリトル型」1型糖尿病の患者
試験に参加した5人は、いずれも「ブリトル型」と呼ばれる重症の1型糖尿病でした。これは、インスリン治療を続けていても血糖値が激しく上下しやすく、危険な低血糖や高血糖を繰り返してしまうタイプです。
通常の治療ではコントロールが難しい患者を対象に、次のような手順で治療が行われました。
- 約1時間かけて、膵島細胞を点滴のように肝臓へ注入
- 同時に、拒絶反応を抑えるTegoprubartによる治療を開始
- 経過を見ながら、インスリン注射量を段階的に減らす
その結果、5人全員が数週間以内にインスリン注射を完全にやめられるようになりました。最も早く治療を受けた患者は、すでに14か月以上インスリンなしの状態を維持していると報告されています。
「毒性の強い薬なし」で拒絶反応を抑える試み
臓器移植や細胞移植では、拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤が必要になります。しかし、従来の薬は感染症や腎機能障害など、強い副作用が問題でした。
今回使われたTegoprubartは、拒絶反応に関わる特定の分子を狙い撃ちするモノクローナル抗体(標的型の抗体薬)とされています。臨床試験では、この薬を使うことで、従来よりも毒性の強い免疫抑制剤を大幅に減らす、あるいは不要にすることを目指しました。
詳細な安全性データや長期的な影響は今後の検証が必要ですが、「インスリン注射も、強い免疫抑制剤も手放せる可能性」が示された点が、医療関係者の関心を集めています。
世界で広がる糖尿病危機の中で
この国際ニュースが重みを持つのは、糖尿病がすでに世界的な健康危機となっているからです。国際糖尿病連合のデータによると、糖尿病を抱える成人は現在世界で5億8900万人に上り、2000年時点の1億7100万人から大きく増加しています。
さらに、
- 糖尿病関連の医療費は年間1兆ドルを超え、なお増加中
- 昨年1年間で糖尿病が原因とされる死者は340万人(約9秒に1人)
とされており、医療費、労働力、家族のケア負担など、社会全体への影響が深刻になっています。
こうした背景の中で、「根本に近いレベルで病態をコントロールできる治療」が現実味を帯びてきたことは、多くの国や地域にとって大きな意味を持ちます。
「完治」ではなく「機能的治癒」:それでも大きな変化
今回の結果は、1型糖尿病が完全になくなったという意味での「完治」ではなく、インスリン注射なしで血糖が安定している「機能的治癒」と捉えられます。
それでも、患者の生活は大きく変わります。
- 1日に何度も行うインスリン注射や血糖測定からの解放
- 重い低血糖や高血糖発作への不安の軽減
- 長期的な合併症(目、腎臓、神経など)のリスク低下が期待される
一方で、今回の試験はまだ5人という小規模な段階であり、長期にわたる安全性や効果、より多様な患者への適用可能性など、検証すべき点は多く残されています。
これからの焦点:誰が、どのように、この治療へアクセスできるのか
今後の焦点となるのは、次のようなポイントです。
- より多くの患者を対象にした臨床試験で、再現性と安全性が確認できるか
- ドナーの膵臓という限られた資源を、どのように公平に配分していくか
- 治療コストをどう抑え、保険や公的医療制度の中で位置づけるのか
1型糖尿病は、多くの場合、子どもや若い世代で発症し、一生付き合っていく病気です。今回のような「機能的治癒」に近づく治療が現実的な選択肢になれば、患者本人だけでなく、家族や社会全体にとっても負担の軽減につながる可能性があります。
読み手への問いかけ:「慢性病」とどう向き合うか
今回の国際ニュースは、単に新しい医療技術の話にとどまりません。私たちに、次のような問いを投げかけています。
- 長年「一生付き合うしかない」とされてきた慢性疾患を、どこまで根本から変えられるのか
- 高額な先端医療と、誰もが受けられる医療とのバランスをどう考えるか
- 日本を含む各国が、再生医療や移植医療の研究・制度づくりにどこまで投資していくのか
インスリンを自分で打ち続ける時代から、必要に応じて細胞や抗体薬を組み合わせて病気と付き合う時代へ。2025年の東京で発表されたこの試験は、そんな未来の医療の輪郭を、少しだけ具体的に見せてくれたと言えます。
今後発表される続報や追加試験の結果は、1型糖尿病の常識だけでなく、「慢性病との付き合い方」そのものを見直すきっかけになるかもしれません。
Reference(s):
Life-changing trial frees Type 1 diabetes patients from insulin jabs
cgtn.com








