中国の高齢化と家族介護 北京大学教授が語る「ケア志向の社会」 video poster
中国の急速な高齢化が進むなか、家族による介護をどう支えるかは、国際ニュースでも繰り返し取り上げられる大きなテーマになっています。番組「Health Talk」に登場した北京大学の胡泳(こ・えい)教授は、自身の両親を介護してきた経験を通じて、「介護は家族だけの問題ではなく、社会全体の課題だ」と静かに訴えています。
胡教授は研究者としてのキャリアを歩む一方で、病気を抱える高齢の両親、とりわけアルツハイマー病を患う母親のケアを長年続けてきました。その日々のなかで感じた葛藤や孤独、そして気づきを語る姿は、同じように家族介護に向き合う多くの人々の現実と重なります。
介護は「義務」ではなく、人間の根源的な営み
胡教授によると、介護は単なる道徳的な「義務」ではなく、人間にとっての根源的なニーズだといいます。子どもが親から育まれることから始まり、高齢になれば今度は誰かの助けを必要とする──ケアは人生の全期間にわたって連続して存在する営みだ、という視点です。
だからこそ、「自分は介護とは無縁だ」と言い切れる人はほとんどいません。誰もがいつかは、ケアをする側・される側のどちらか、あるいは両方の役割を担います。胡教授は、その現実から目をそらさず、「ケアとどう向き合うかこそが、社会の成熟度を映す鏡になる」と考えています。
「学者」と「介護者」 二つの顔を抱えて
胡教授は、研究者でありながら家族介護者でもある自分を、「学者と介護者という二重のアイデンティティ」と表現します。研究や教育に追われる日々と、親の通院や生活の手助けを続ける日々。その両立は、精神的にも肉体的にも少なくない負担を伴います。
しかし彼は、この経験をあくまで「個人的な物語」として閉じるのではなく、「社会的な役割」として捉え直しました。自分と同じ立場にある無数の人々の代弁者として、ケアの実態や課題を語り、より良い制度づくりを求めること。それもまた、学者として果たすべき責任だと考えるようになったのです。
アルツハイマーと向き合う介護者の孤立
とりわけ母親のアルツハイマー病の進行は、胡教授にとって大きな転機になりました。記憶や言葉が少しずつ失われ、「かつての母」との距離が広がっていくなかで、介護者は深い孤独と疲弊に直面します。
周囲からは「家族だからできることでしょう」と期待されがちな一方、その負担の大きさや感情の揺れは、外からは見えにくいままです。胡教授は、こうした見えない孤立を正面から見つめることで、「介護する人」への支援の必要性に強く気づいたといいます。
「ケア志向の社会」へ ─ 制度とコミュニティの支え
この経験をきっかけに、胡教授は自身の専門分野を超えて、「ケア志向の社会」を提案するようになりました。介護を家族だけに任せるのではなく、制度とコミュニティで支える社会への転換をめざす考え方です。
その柱として挙げているのが、次のような仕組みづくりです。
- 長期的な介護を対象とした保険制度(長期介護保険)の整備・拡充
- 自宅近くで利用できるデイサービスなどの地域密着型サービス
- 家族介護者に対する相談・休息(レスパイト)・心理的支援
胡教授は、こうした仕組みが整ってこそ、家族介護者は孤立から解放され、介護される側もより安定した生活を送れるようになると指摘します。ケアを「個人の善意」に頼るのではなく、「社会のインフラ」として位置づける発想です。
家族介護者は社会保障の「最後の砦」
胡教授が強調するのは、家族介護者が果たしている役割の大きさです。彼の言葉を借りれば、家族介護者は医療や社会保障制度を支える「社会のボトムライン(最後の砦)」です。
もし家族が在宅でのケアを担わなければ、多くの人が医療・介護施設に頼らざるをえず、既存の制度はたちまちパンクしてしまうでしょう。逆にいえば、家族介護者が支えているからこそ、社会全体の仕組みがなんとか成り立っている側面があります。
それにもかかわらず、家族介護者の負担はしばしば「見えないコスト」として扱われがちです。胡教授の発言は、「その見えない支えに光を当てるべきだ」という静かな問いかけでもあります。
「死の質」を問う ─ 穏やかで dignified な最期のために
胡教授が話を広げているのは、介護の現場だけではありません。彼は、「死の質(デス・クオリティ)」という視点の重要性も指摘します。どれだけ長く生きるかだけでなく、人生の終わりをどれだけ穏やかに、尊厳を保ったまま迎えられるか──そこに社会としての責任があるという考え方です。
過度な延命や、本人の意思が十分に尊重されないまま続く治療は、介護される人にとっても、家族にとっても大きな負担になりえます。胡教授は、介護と医療の現場で、「どうすれば本人が納得できる最期を迎えられるか」を、家族や専門職が一緒に考えられる環境づくりが必要だと訴えています。
中国の高齢化社会から、私たちが学べること
中国社会は今、急速な高齢化という大きな転換点にあります。胡教授の個人的な物語は、そのなかで浮かび上がる「ケアの課題」を、具体的な感情とともに伝える貴重な証言です。
同時に、このテーマは中国だけのものではありません。高齢化が進む日本を含め、多くの国や地域に共通する課題でもあります。家族に介護経験がある人も、まだ身近に感じていない人も、「自分や身近な人がケアを必要とする時、どんな社会であってほしいか」を考えるきっかけになるでしょう。
「生命の木」を支えるケアという仕事
このエピソードの英語タイトルは、「The caregiver of the tree of life(生命の木の介護者)」です。華やかな表舞台に立つ仕事とは対照的に、介護は地味で評価されにくい側面がありますが、生命の木を根元から支える重要な役割を担っています。
胡教授の歩みは、介護者の孤独と重さを描きつつ、その仕事に宿る誇りと意味を静かに示しています。家族介護者を「自己犠牲の象徴」として見るのではなく、「社会の土台を支える専門性の高い役割」として認めること。その視点の転換こそが、「ケア志向の社会」への第一歩なのかもしれません。
中国の高齢化と家族介護の現場から発せられたこのメッセージは、国境を越えて、私たち一人ひとりに届いています。今日この記事を読み終えた後、身近な介護者に「いつもありがとう」と声をかけてみることも、小さな変化のスタートになりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








