「リスボン・マル沈没」が映す、戦争と個人の忘れられた悲劇 video poster
戦争のニュースが日常的に流れる今、「一人ひとりの人生」にとって戦争とは何かを改めて問う本が注目されています。博士号を持つ歴史家トニー・ベイナム氏は、自著『The Sinking of the Lisbon Maru: Britain's Forgotten Wartime Tragedy』を通じて、英国にとっての「忘れられた戦時の悲劇」を掘り起こし、国籍を超えて戦争の影響を考えるよう呼びかけています。
忘れられた戦時の悲劇「リスボン・マル沈没」
ベイナム氏の著書は、そのタイトルが示す通り、リスボン・マルと呼ばれる存在の沈没という出来事に焦点を当てています。副題には「Britain's Forgotten Wartime Tragedy」とあり、これはこの出来事が英国の戦時の記憶の中で、十分に語り継がれてこなかったことを示唆しています。
戦争の歴史は、大きな戦いの名前や有名な指導者の言葉を中心に語られがちです。しかし、その背後には必ず、名前も顔も知られていない数え切れない人々の日常と、その日常が突然断ち切られる瞬間があります。ベイナム氏の仕事は、そうした「見えにくい悲劇」を歴史の表舞台にそっと連れ戻す試みだと言えるでしょう。
歴史家トニー・ベイナム氏が強調するメッセージ
トニー・ベイナム氏は、リスボン・マル沈没を扱うこの本のキーメッセージとして、「戦争が個人に与える影響を思い出してほしい」という点を強調しています。そこでは、どの国の人かという国籍は問いません。
キーメッセージ:戦争の影響は国籍を問わない
ベイナム氏のメッセージを日本語に置き換えると、次のようなイメージになります。
- 戦争は「国と国の衝突」ではなく、「人と人の人生」に起きる出来事として捉え直してほしい。
- どの側に属していたかに関係なく、一人ひとりの人生に生じた喪失や痛みを忘れてはならない。
- 敵味方というラベルの前に、「誰かの家族であり友人であった人間」として見る視点を取り戻してほしい。
数字や統計で語られる戦争被害は、ともすれば私たちの感覚を麻痺させてしまいます。ベイナム氏が目指すのは、その麻痺をほどき、「この数字の一つひとつに、顔と物語を持った人がいた」という当たり前の事実を思い出させることなのかもしれません。
なぜ今、「忘れられた歴史」を掘り起こすのか
2025年の今、世界ではさまざまな緊張や対立が続き、戦争や暴力のニュースに触れる機会は少なくありません。その一方で、過去の戦争を実際に経験した世代は年々少なくなり、「戦時のリアルな記憶」は徐々に遠ざかりつつあります。
その中で、リスボン・マル沈没のような「忘れられた戦時の悲劇」を掘り起こす営みには、少なくとも次のような意味があると考えられます。
- 歴史の空白を埋める:大きな出来事の陰で見落とされてきた物語を補うことで、より立体的な歴史像が見えてきます。
- 個人の経験に光を当てる:無名の人々の経験をたどることは、「歴史は一部の有名人だけのものではない」という感覚を取り戻すことにつながります。
- 現在の判断にブレーキをかける:過去の悲劇を思い出すことは、軽々しく暴力や戦争を肯定する雰囲気に対する静かな歯止めになります。
歴史書を読むことは、単に知識を増やす行為ではなく、「どう生きるべきか」を考えるための素材を集めることでもあります。ベイナム氏の本は、その素材を英国の「忘れられた悲劇」から提供していると言えるでしょう。
日本の読者にとっての「リスボン・マル」
日本で戦争の話をするとき、多くの場合、日本人の経験や日本社会の記憶が中心に語られます。それ自体は自然なことですが、同時に、他国の人々がどのように戦争を経験し、どんな出来事を忘れかけているのかにも目を向けることで、見えてくる景色は変わります。
英国の「忘れられた戦時の悲劇」を扱うベイナム氏の著書は、次のような問いを日本の読者にも投げかけているように感じられます。
- 自分の国では、どのような戦時の出来事が「忘れられた悲劇」になってはいないか。
- 他国の戦争体験を知るとき、「どの国が正しかったか」だけでなく、「その場にいた一人ひとりは何を感じていたか」を想像できているか。
- ニュースで遠くの紛争を見聞きするとき、その向こう側にいる個人の人生に思いを馳せる余白を持てているか。
国際ニュースを日本語で追いかける私たちにとって、こうした問いは決して他人事ではありません。歴史書や戦争をテーマにした作品は、世界の出来事を「自分とは関係ない遠い話」から、「自分の生き方とつながる問題」へと引き寄せてくれます。
「思い出すこと」から始まる静かな対話
トニー・ベイナム氏が語るように、リスボン・マル沈没の物語は、戦争が国籍に関係なく一人ひとりの人生にどのような影響を与えるかを思い出させるための手がかりです。
過去の戦争をめぐる対話は、ときに激しい議論や対立を生むこともあります。しかし、「忘れられた悲劇」に耳を傾け、そこで失われた日常や家族の物語を静かに想像してみることは、もっと穏やかな形で歴史と向き合う方法でもあります。
家族や友人、職場の同僚との何気ない会話の中で、あるいはSNSで国際ニュースを共有するときに、「戦争の向こう側には必ず一人ひとりの人生がある」という視点を一言添えてみる。その小さな一歩が、ベイナム氏のメッセージを現代につなげることにつながっていくのではないでしょうか。
Reference(s):
Author of book on Lisbon Maru explores long-forgotten tragedy
cgtn.com








