移民なしでは米国は成り立たない? ロサンゼルス抗議デモの声 video poster
アメリカのロサンゼルスで、連邦政府による移民の逮捕に抗議するデモが続く中、ある参加者が放った「移民なしでは米国は何者でもない」という言葉が注目を集めています。移民をめぐる国際ニュースを、日本語で分かりやすく読み解きます。
ロサンゼルスで続く移民逮捕への抗議
ロサンゼルスでは現在、連邦政府による移民の身柄拘束に反対する抗議行動が続いています。現場を取材した国際ニュースチャンネル CGTN のフランク・コントレラス記者は、デモ参加者の一人に話を聞きました。
この参加者の女性は、さらに多くの移民にデモへ参加してほしいと呼びかけています。彼女にとって、この抗議は単なる政治的な主張ではなく、自分たちの生活と尊厳に直結した問題だといえます。
「移民なしでは米国は何者でもない」というメッセージ
女性は、アメリカ社会における移民の存在を強く訴えました。彼女の主張は、次のような言葉に集約されています。
- この国は、移民によって築かれてきたという認識
- 移民がいなければ、アメリカは今の姿にはならなかったという思い
- 移民が社会や経済、文化に大きく貢献してきたという誇り
「U.S. is nothing without immigrants(移民なしでは米国は何者でもない)」というフレーズは、挑発的にも聞こえますが、その裏側には「自分たちの存在は周縁的なものではなく、社会の中心にある」というメッセージが込められているように見えます。
「ここは私たちの土地」発言が投げかける問い
女性はさらに、「この場所は移民によって築かれた。ここは私たちの土地であり、誰にも奪われることはない」と語りました。この言葉は、単なるスローガン以上の意味を持っています。
そこには、次のような感覚が表れています。
- 長年そこに暮らし、働き、地域社会を支えてきたという当事者意識
- 国籍や出自にかかわらず、自分たちもこの社会の一員だという帰属意識
- 突然の逮捕や強制的な排除への不安と抵抗感
一方で、移民政策をめぐっては、治安や雇用への影響を懸念する声もあります。今回の発言は、そのような議論の中で、移民当事者がどのような感情と経験を抱いているのかを可視化するものだといえるでしょう。
なぜ今も移民をめぐる議論が続くのか
2025年の今も、移民政策はアメリカ社会の大きな論点であり続けています。ロサンゼルスで続く抗議デモは、その一端を切り取ったものです。
今回のデモから見えてくるのは、単なる賛成・反対の二項対立ではなく、次のような深い問いです。
- 誰が「この社会の一員」として認められるのか
- どこまでが国家による統制で、どこからが個人の尊厳の問題なのか
- 多様なルーツを持つ人々が、どのように共に暮らしていけるのか
デモの参加者が「これは私たちの土地だ」と語るとき、その背景には、日々の仕事や家族、コミュニティとのつながりといった、非常に具体的で生活に根ざした現実があります。
日本の読者にとっての意味
日本でも、人口減少や人手不足を背景に、外国にルーツを持つ人たちと共に働き、暮らす場面が増えています。その中で、「誰がこの社会の一員なのか」という問いは、決して遠い国の話ではありません。
ロサンゼルスのデモ参加者の言葉は、日本の私たちにも次のような問いを投げかけているように見えます。
- 私たちの身の回りで、どのような人たちが社会を支えているのか
- その人たちは、自分を「ここに属している」と感じられているのか
- 異なる背景を持つ人々と、どのような関係性を築いていきたいのか
ニュースとしての事実を追うだけでなく、一人のデモ参加者の声から、社会のあり方や「共に生きる」ということを見つめ直すきっかけにしてみることもできそうです。
「読みやすいのに考えさせられる」ニュースとして
ロサンゼルスの抗議デモで語られた言葉は、賛否が分かれる移民問題の中でも、とりわけ強い表現でした。しかし、その強さは、日々の不安や葛藤、そして「それでもここで生き続けたい」という願いの裏返しでもあります。
国境や言語を越えて伝えられた一人の声を、日本語で受け取り、自分なりの視点で考えてみる。そうした小さな対話の積み重ねが、国際ニュースとの向き合い方を少しずつ変えていくのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








