尼山フォーラムで「身の回りの孔子」を再発見 世界をつなぐ論語の力 video poster
孔子の言葉が今も響く場所、中国・曲阜
孔子の有名な言葉「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」。中国の曲阜で開かれた尼山世界文明フォーラムでは、この精神がそのまま形になっています。会場には世界のさまざまな地域から人びとが集まり、「遠くから来た友」と向き合いながら、文明や文化をこえて語り合っています。
今回紹介されたエピソードでは、CGTNのMernaがこのフォーラムの様子をたどりながら、孔子の思想が「昔の偉人の教え」にとどまらず、今の私たちの身の回りにどのように生きているのかを探ります。
Mernaが歩く「古い講堂から現代の心」
番組のなかでMernaは、孔子ゆかりの「古い講堂」と、そこで学んだ考え方が息づく「現代の人びとの心」をつなげる視点を提示します。石畳の歴史的な空間や静かな学びの場から、スマートフォンを手にした若い世代の会話へと、孔子の影響は形を変えながら続いているという見方です。
「礼儀」「学び」「他者への敬意」といったキーワードは、日本を含む東アジアでなじみのあるテーマでもあります。Mernaは、そうした価値観が日常の挨拶、家族との関係、仕事でのふるまいなど、さまざまな場面に顔を出していることを、分かりやすい言葉で描き出します。
米国とインドのクリエイターが語る論語
このエピソードには、米国とインドのクリエイターも参加し、『論語』を手がかりに、自分たちの経験と重ね合わせながら語り合います。国も文化も異なる彼らが共感したポイントは、意外にも私たちの生活にもそのまま当てはまりそうなものです。
- 内省する力:まず自分をふり返ることから始めるという姿勢。失敗したときや、相手とうまくいかないとき、自分の行動や言葉を見直す習慣は、どの社会でも通用すると語られます。
- つながりを重んじる心:家族、友人、仕事仲間との関係を大切にするという教えは、ソーシャルメディアが当たり前になった今だからこそ再び意味を持つという指摘も出ます。
- 文化をこえた調和への探求:考え方が違う相手とも、対話を続けて共通点を探す。その態度こそが、『論語』から読み取れる大きなメッセージとして共有されます。
参加したクリエイターたちは、孔子の言葉を「遠い国の古典」ではなく、自分たちの仕事や日常に引き寄せて考えます。そのやりとりから、古典が新しい対話のきっかけになる様子が見えてきます。
なぜ今、孔子と論語に注目が集まるのか
激しい変化が続く世界のなかで、人と人との関係がぎくしゃくしたり、社会の分断が話題になったりする場面が増えています。そうした中で、孔子の思想は次のような問いを静かに投げかけます。
- 相手を理解しようとするとき、私たちはどれだけ耳を傾けているか。
- 早さや効率を求める一方で、学びや成長に必要な時間を大事にできているか。
- 意見が異なる人と出会ったとき、すぐに否定せず対話を続ける余地を残しているか。
尼山世界文明フォーラムで交わされる対話や、Mernaたちのエピソードは、これらの問いを国境をこえて共有する試みだと言えます。そこには「誰もが少しずつ学び合い、違いをこえた調和を探していく」という、素朴ですが力強いメッセージがあります。
私たちの日常で試せる三つのヒント
世界のフォーラムや国際ニュースの話は、どうしても自分の日常から遠く感じられがちです。ただ、今回紹介された孔子と『論語』のエピソードは、身近な行動に落とし込めるものでもあります。
- 一日の終わりに少しだけふり返る
その日にあった出来事を思い出し、「うまくいったこと」「もう少しできたかもしれないこと」を心の中で整理してみます。短い内省の時間は、自分を整える小さな習慣になります。 - 相手の立場に立った一言を意識する
家族や同僚との会話で、まず相手の状況を想像して声をかけてみる。シンプルですが、関係をなめらかにする一歩です。 - 違う文化のストーリーに触れてみる
海外のニュースや動画、今回のような国際的な対話を扱った番組に触れることで、自分の前提をそっと揺らしてみることができます。
「遠くから来た友」とどう向き合うか
尼山世界文明フォーラムを舞台にしたMernaたちの旅は、古典を現代の言葉で読み替えながら、世界各地から集まった「遠くの友」と向き合う試みでもあります。
孔子の言葉にあるように、遠方から友が訪れることを喜べる社会は、違いをおそれず、学び合うことを歓迎する社会です。国際ニュースを日本語で追いながら、私たち一人ひとりも、自分の身の回りでその精神をどう生かせるかを考えてみる。そこから、静かだけれど確かな変化が始まるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








