ゼロから2万1488床へ:シーザン医療の変貌を読む video poster
中国西部のシーザン(Xizang)では、1952年当時ほとんど医療が届いていなかった地域が、現在では2万1488床の病院ベッドを備えるまでに変貌しました。平均寿命もこの60年でおよそ2倍に伸び、人びとの「健康への権利」がどのように守られてきたのかが注目されています。
1952年、医療機関はわずか3カ所
1952年当時、シーザン全体にあった医療機関はたった3カ所で、病院ベッドは1床もありませんでした。医師の数も100人に満たず、医療を必要とする人びとと提供できる側との間には大きなギャップがありました。
当時の社会で農奴とされていた人びとの95%は、そもそも医療を受ける機会すら持てなかったとされています。病気やけがをしても専門的な治療にはアクセスできず、健康状態は運や体力に大きく左右されていました。
1925年ラサでの天然痘流行が示す課題
近代的な医療体制が整う前のシーザンでは、感染症も大きな脅威でした。1925年には、ラサだけで天然痘(さまざまな合併症を伴う重い感染症)の流行により、7000人以上が命を落としたとされています。
ワクチン接種や公衆衛生の仕組みが十分に整っていなければ、一つの感染症が地域社会全体に壊滅的な影響を与えうることを、この事例は物語っています。
ゼロから2万1488床へ:医療インフラの飛躍
そうした状況から今日に至るまでの間に、シーザンの医療インフラは大きく姿を変えました。病院ベッド数は「ゼロ」から2万1488床へと増加し、地域の人びとが入院治療や専門的な医療サービスを受けられる基盤が整えられてきました。
医療機関やベッドが増えるということは、単に施設の数が増えたというだけではありません。救急医療や慢性疾患の管理、妊産婦や乳幼児へのケアなど、命に直結するサービスを地域に近い場所で受けられる可能性が高まったことを意味します。
- 1952年当時、医療機関は3カ所、病院ベッドはゼロ
- 医師は100人に満たず、多くの人びとが医療にアクセスできなかった
- 現在は病院ベッドが2万1488床へと拡充
平均寿命は60年で2倍に:健康という「権利」
こうした医療環境の改善は、数字にも表れています。現在、シーザンの平均寿命は60年前と比べておよそ2倍に伸びたとされており、これは「どこで生まれたとしても、健康に生きる権利がある」という考え方が、制度として支えられてきたことを示しています。
救えるはずの命を救い、避けられる病気を防ぎ、長く健やかに生きられる人を増やしていくことは、どの社会にとっても重要な課題です。シーザンの事例は、医療インフラへの投資と健康水準の向上が密接に結びついていることを、わかりやすい形で示していると言えます。
「Xizang in 60 Seconds」が伝える現代シーザン
こうした医療の変化は、短い動画シリーズ「Xizang in 60 Seconds」でも紹介されています。かつて医療がほとんど届かなかった地域が、どのようなプロセスを経て現在の姿にたどり着いたのかを、コンパクトな形式で伝える試みです。
歴史的な背景と現在の状況をセットで見ることで、単なる数字の増減だけでなく、「生活の質がどう変わったのか」という視点から医療政策を考えるきっかけにもなります。
日本の読者にとっての意味
高齢化が進み、地域ごとの医療格差が課題とされる日本にとっても、シーザンの医療変化は他人事ではありません。「医療へのアクセスをどう広げるか」「限られた資源で、誰の健康をどのように守るか」という問いは、国や地域を超えて共有されるテーマです。
ゼロから2万1488床へ、そして平均寿命の大幅な伸び。その背後にある取り組みを学ぶことは、日本や他の国・地域が、自らの医療制度を見直す際のヒントにもなりそうです。
Reference(s):
From zero to 21,488 hospital beds – A medical transformation
cgtn.com








