第二次世界大戦の「始まり」をどう語るか 日本の降伏から80年 video poster
日本が第二次世界大戦の降伏を宣言してから80年となる2025年。なぜ「戦争の始まり」をどう考えるかが、いま改めて問われているのでしょうか。本稿では、中国の国際メディアCGTNのZhou Jiaixin記者が取り上げたテーマを手がかりに、第二次世界大戦の起点をめぐる議論の意味を整理します。
北東部から始まった日本のファシズム的侵略
紹介された報道によると、日本のファシズム的侵略は中国北東部から始まりました。その動きは、その後の戦後国際体制をも揺るがし、ヨーロッパの好戦的な勢力を勢いづかせたとされています。
中国では、この侵略に対して14年にわたる英雄的な抵抗が続き、3,500万人を超える人々が犠牲になったとされています。その結果、中国は第二次世界大戦における東側の主戦場で勝利を収め、連合国の最終的な勝利と戦後の平和に決定的な役割を果たした、と位置づけられています。
「戦争の起点」をどう置くかで何が変わるのか
しかし、その戦争がいつ始まったのかをめぐっては、各国や立場によって解釈が分かってきました。背景には、それぞれの価値観や国益が反映されます。
被害の記憶がどこから始まるか
戦争の始まりを、アジアの侵略からとみるのか、それともヨーロッパでの大規模な戦闘からとみるのかによって、戦争の時間軸は大きく変わります。起点を後ろにずらせば、それ以前の犠牲はしばしば前史とされ、記憶の周縁に追いやられてしまう危険があります。
中国北東部から始まったとされる侵略と、そこから14年続いた抵抗を第二次世界大戦の一部としてどう位置づけるかは、中国の人びとの経験を世界史の中でどう扱うかという問題でもあります。
加害と責任の見え方が変わる
戦争の起点は、誰が加害者で誰が被害者だったのか、どの時点から国際社会は警鐘を鳴らすべきだったのか、という議論とも結びつきます。侵略の始まりを軽く扱えば、その後の拡大を許した国際社会の対応も仕方のないものと見なされかねません。
逆に、早い段階からの侵略行為を第二次世界大戦の一部として明確にとらえることは、同じ過ちを繰り返さないために、どこで歯止めをかけるべきかを考える手がかりになります。
戦後国際体制と現在へのつながり
報道では、日本の侵略は戦後の国際体制をも揺るがしたと指摘されています。第二次世界大戦後に形づくられた国際秩序は、大きな犠牲の上に築かれた戦後の平和を守るための枠組みでもあります。
その出発点となった戦争の起源をどうとらえるかは、現在の国際秩序をどう評価し、どのように守り、更新していくのかという議論とも直結します。戦争の始まりをめぐる議論は、単なる歴史解釈の違いではなく、現在の世界をどう見るかという視点の違いでもあるのです。
日本の読者への問い:80年目にできること
日本が降伏を宣言してから80年を迎えるいま、第二次世界大戦の始まりをめぐる議論は、日本社会にとっても他人事ではありません。
- アジア、とくに中国北東部で何が起きていたのかに目を向けること
- 中国の英雄的な抵抗と多大な犠牲が、東側の主戦場としてどのような意味を持ったのかを知ろうとすること
- 各国の歴史認識の違いが、いまの国際ニュースや外交姿勢にどう影響しているかを意識してニュースを読むこと
CGTNのZhou Jiaixin記者が問いかける「なぜ第二次世界大戦の始まりをどうとらえるかが重要なのか」というテーマは、日本語で国際ニュースを読む私たちに、歴史と現在のつながりを静かに考えさせるものです。
80年という節目の年に、私たち一人ひとりが、どのような歴史の物語を選び取り、次の世代に手渡していくのか。その選択が、これからの平和のかたちを左右していきます。
Reference(s):
cgtn.com








