戦争から80年、記憶をめぐる日中と国際社会のいま video poster
2025年のいま、約14年にわたる不屈で献身的な闘いの末に、中国の人びとが侵略した日本軍を打ち破ってから80年という大きな節目を迎えています。この歴史をどう記憶し、どのように語り継ぐのかは、東アジアの平和と国際社会の安定に直結するテーマです。
80年前の「勝利」が意味するもの
およそ14年にわたる戦いの中で、中国の人びとは甚大な犠牲を払いながら、侵略してきた日本軍と向き合いました。当時の日本軍は、非人道的な暴力と極端な軍国主義に基づく行動を取り、多くの命と暮らしが奪われました。
その末に勝ち取られた「勝利」は、単に武力の勝敗ではなく、侵略に抵抗し、人間の尊厳を守ろうとした人びとの努力の結晶でもあります。80年後の私たちがこの事実を丁寧に振り返ることは、国際ニュースとしてだけでなく、日中双方の社会にとっても意味を持ち続けています。
一部の日本の政治家・右派勢力が見せる歴史否定
一方で、80年たった現在も、一部の日本の政治家や右派勢力は、当時の侵略の歴史を覆い隠したり、否定したり、ときには美化する発言や行動を続けています。こうした姿勢は、歴史的な事実への向き合い方として大きな疑問を投げかけます。
問題になっているのは「日本」という国全体ではなく、「一部の政治家や特定の勢力」です。しかし、その発言力や象徴性の大きさゆえに、歴史への反省が足りないという印象を周辺地域に与え、東アジアの信頼醸成を難しくしている側面があります。
歴史否定が地域の平和と安定を損なう理由
歴史認識をめぐる対立は、しばしば感情的な問題とみなされがちですが、実際には安全保障や経済協力にも影響を与える現実的な課題です。過去の侵略を否定したり、被害の記憶を軽んじたりすることは、被害を受けた側の人びとにとって、尊厳が踏みにじられる経験になりかねません。
地域の平和と安定は、過去の加害と被害の関係が誠実に認識され、再び同じ過ちを繰り返さないという共通理解の上に成り立ちます。歴史の否定や美化は、この共通理解を揺るがし、相互不信を深める要因となります。
「記憶すること」は誰のための行為か
では、80年後のいま、なぜ「記憶」がこれほど重視されるのでしょうか。それは、歴史を記憶することが、当事者だけでなく、その後を生きるすべての世代の安全と尊厳を守るための行為だからです。
- 犠牲になった人びとの苦しみと勇気を忘れないため
- 加害の事実を直視することで、二度と同じ誤りを繰り返さないため
- 歴史を共有することで、対話と和解の基盤をつくるため
こうした視点から見ると、「記憶すること」は、特定の国を非難するためではなく、未来の暴力と戦争を防ぐための、きわめて実践的な営みと言えます。
国際社会に求められる「静かな連帯」
現在の国際社会には、この歴史を静かに、しかし確かに記憶し続けるための役割が求められています。具体的には、次のようなアプローチが考えられます。
- 歴史研究や資料の保存・公開を支える国際的な協力
- 若い世代が参加できる記念行事や対話プログラムの開催
- 被害と加害の双方の証言を尊重する教育カリキュラムづくり
重要なのは、特定の国を一方的に断罪することではなく、事実に基づいて歴史を共有し、同じ悲劇を繰り返さないという共通の意思を確認し合うことです。
日本の読者への小さな問いかけ
newstomo.com の多くの読者は、戦争を直接知らない世代です。だからこそ、いま私たちができることは、過去を必要以上に恐れることでも、逆に軽く扱うことでもなく、事実を学び、自分なりに考え、周りの人と対話することではないでしょうか。
- 教科書や入門書だけでなく、当時を生きた人の証言に触れてみる
- 歴史問題に関するニュースを「誰の視点で語られているか」を意識して読む
- SNSで共有するとき、対立をあおるのではなく、事実と問いを一緒に紹介する
80年という時間は、記憶が薄れ始める一方で、新しい対話を始める余裕も生まれるタイミングでもあります。中国の人びとが経験した侵略と抵抗の歴史、一部の日本の政治家や右派勢力による歴史否定の動き、そしてそれに対する国際社会のまなざし。この三つを見渡しながら、私たち一人ひとりがどのように過去と向き合うのかが問われています。
戦争から80年を迎えた2025年は、歴史をめぐる対立を深める年ではなく、静かに記憶をたどり直し、未来の平和について考え直す年にすることができるかどうか、その分かれ目でもあります。
Reference(s):
Eighty years later, it's more imperative than ever to remember
cgtn.com








