ガザ紛争から2年 「地図から消されたかのよう」な破壊と人間の代償 video poster
2025年10月7日で、イスラエルとハマスの紛争の勃発から2年を迎えました。それから2か月あまりが経った今も、ガザ地区は「地図から消されたかのよう」と形容されるほどの破壊にさらされています。少なくとも6万7,160人のパレスチナ人が命を落としたとされるこの2年間の人間の代償を振り返ります。
ガザ紛争から2年、6万7,160人が死亡
イスラエルとハマスの紛争が続くガザ地区では、ハマスが統治する地域の保健当局によると、この2年間で少なくとも6万7,160人のパレスチナ人が死亡したとされています。国連は、この保健当局の数字を信頼できるものとみなしており、犠牲の規模の大きさを示す指標になっています。
ただ、この数字は統計であると同時に、一人ひとりの名前と生活、そして家族の物語の集まりでもあります。数字が増えるたびに、誰かの人生が途中で断ち切られているという現実があります。
インフラが瓦礫と化し、「かつての暮らし」が消えた町
ガザ地区では、インフラの大部分が瓦礫と化したと伝えられています。住宅や商店、道路や生活インフラなど、人びとの日常を支えていた基盤が広範囲で失われ、かつて活気にあふれていた細長い沿岸地帯は、廃墟に近い姿になりました。
現地の状況は「地図から消されたかのよう」とも表現されています。これは単なる比喩ではなく、地図上に記されていた多くの場所が、いまは形をとどめていない現実を指しています。かつては学校や市場、病院や公共施設として機能していた場所が、座標だけを残して瓦礫と化しているのです。
数字では見えない、人間の代償
6万7,160という数字は、あまりに大きく、現実味を失ってしまいやすいものです。しかし、その一人ひとりに家族がいて、友人がいて、続いていたはずの人生がありました。
2年に及ぶ紛争は、次のようなかたちで人びとの日常を奪ってきました。
- 家を失い、避難生活を強いられる暮らし
- 仕事や学びの場がなくなり、将来の見通しが立たない不安
- 爆撃や攻撃を経験したことによる深い心の傷
- 家族や友人を失った悲しみと喪失感
戦闘のニュース映像では、しばしば爆発や煙ばかりが映し出されます。しかし、その背後には、こうした日常の断絶が静かに積み重なっています。ガザで起きていることは、単なる軍事衝突ではなく、人間の生活空間そのものが壊れていく過程でもあります。
国際社会が見つめる「2年」の重み
ハマスが統治するガザ地区の保健当局の数字を、国連が信頼できると評価していることは、国際社会がこの紛争の人道的影響を重く受け止めていることを示しています。犠牲者数とインフラの破壊という二つの側面は、ガザの危機が一時的な出来事ではなく、長期的な影響をもたらす深刻な事態であることを物語っています。
この2年間を振り返る映像や報告は、戦闘の推移だけでなく、破壊と人間の代償を可視化しようとする試みでもあります。遠く離れた場所でニュースを受け取る私たちにとっても、数字だけでは見えない現実に目を向けるきっかけになります。
ガザが「地図から消されたかのよう」と語られるとき、その言葉は、単に建物が壊れたという意味を超えて、生活や記憶、共同体そのものが危機にさらされている状況を映し出しています。
ニュースを読む私たちにできること
連日のように世界各地から悲痛なニュースが届くなかで、私たちは、ときに「慣れ」や無力感を覚えます。それでも、ガザの2年間を伝える映像や記事に触れることには、いくつかの意味があります。
- 犠牲になった人びとの存在を、数字ではなく人間として想像すること
- なぜこのような状況に至ったのか、複数の視点から学び続けること
- 家族や友人、オンラインのコミュニティで、この問題について話題にしてみること
ニュースを「知って終わり」にしないためには、自分なりの問いを持ち続けることが大切です。ガザの状況をめぐる議論は決して簡単ではありませんが、2年という時間の重さを知ることは、世界を見る自分自身の視点を少しずつ更新していくきっかけにもなります。
地図上の一つの地域としてではなく、そこで暮らす人びとの人生の場としてガザをイメージしてみる。その想像力こそが、遠く離れた場所にいる私たちに与えられた、ささやかですが確かな役割なのかもしれません。
Reference(s):
Two years into the conflict: Gaza 'as if erased from the map'
cgtn.com








