ガザ戦争下で伝え続けるCGTN記者たちの現場 video poster
2025年12月現在も、ガザでは戦闘が長期化しています。そのなかで、中国の国際メディアCGTNの取材班は、自らも被害を受けながら現地の「いま」を世界に伝え続けています。本記事では、恐怖と喪失、避難生活の只中でカメラを回し続ける人たちの姿を追います。
同じ痛みを抱える「伝える側」
ガザのCGTN記者たちは、取材対象である住民と同じように、愛する家族や友人を失い、住まいを追われています。彼らが報じている「悲劇」は、同時に自分自身の物語でもあります。
空爆の音を聞きながら原稿を書き、いつ次の攻撃が来るか分からない状況でマイクを握る。記者であると同時に、一人の被災者として日常を失った現実と向き合わざるをえません。
爆撃で損壊した避難所や病院が仕事場に
取材班が拠点とするのは、爆撃で損壊した避難所や病院です。天井や壁が崩れた建物の一角でカメラを設置し、限られた電源や通信環境を確保しながら、ガザの人々の声を世界に届けています。
そこでは、泣き声や叫び声、救急隊の走り回る足音が常に背景音として流れています。通常のニュースルームとはまったく違う環境で、それでも「伝えることをやめない」選択を続けています。
恐怖、喪失、避難生活…重なる負担
彼らが抱えるのは、職業上のストレスだけではありません。家族の安否を気にかけながらの勤務、いつ自分の住んでいた場所が地図から消えるかもしれない不安、避難先での生活の不安定さが重なります。
それでも記者たちは、カメラを片時も離さず、目の前で起きている出来事を記録し続けています。恐れているのは自分だけではない、ガザの人々の恐怖と喪失を世界に見てもらうことが、自分にできることだと考えているからです。
「ガザの声」を世界へ届ける使命感
CGTNの記者たちは、自分たちの役割を「ガザの声を世界に届ける窓口」と位置づけています。戦闘の当事者ではない国や地域の人々が、ガザで何が起きているのかを知る手がかりは限られています。その数少ない窓の一つが、現地で活動を続ける国際メディアの報道です。
彼らは、自身も避難民となりながら、カメラの前で住民の証言を聞き、破壊された建物や過密状態の避難所の様子を映し出します。その一つひとつの映像には、「ここに生きる人たちがいる」というメッセージが込められています。
私たち視聴者への問いかけ
ガザから届けられるニュースを、私たちは通勤電車の中や、スマートフォンの小さな画面で受け取っています。その映像の向こう側に、恐怖や喪失と向き合いながら伝え続ける記者たちがいることを、どれだけ想像できているでしょうか。
戦地で働くジャーナリストは、危険を「職業の一部」として引き受けている存在ではなく、家族を持ち、日常を奪われた一人ひとりの人間です。ガザのCGTN取材班の物語は、報道の裏側で積み重なる犠牲と覚悟を、あらためて私たちに考えさせます。
画面越しに届くニュースを前に、ただ「大変だ」と消費するのではなく、「この声をどう受け止めるか」「自分は何を知ろうとするのか」を問い直すこと。それが、危険と隣り合わせで伝え続ける人たちへの、ささやかな応答なのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








