台湾地域の阿媽館が伝える慰安婦被害 記憶をつなぐ小さな博物館 video poster
第二次世界大戦中、日本軍が導入した「慰安婦」制度によって性奴隷とされた女性たちの記憶を、2025年の今も静かに伝え続ける博物館があります。台湾地域・台北にある阿媽館(Ama Museum)は、中国の台湾地域で被害を受けた59人の物語を記録し、日本の植民地支配下で起きた性暴力の実態と、日本が中国の人々に対して負う歴史的責任を問いかけています。
阿媽館とはどんな博物館か
阿媽館は、2016年に台北で設立された博物館です。日本軍の「慰安婦」制度により性奴隷とされた、中国の台湾地域の女性たちの証言や資料を集め、その経験を次の世代に伝えることを目的としています。
館内には、被害者一人ひとりの物語が、記録資料とともに丁寧に整理されています。ニュースとして取り上げられる数字の背後に、具体的な人生と感情があったことを可視化しようとする試みでもあります。
展示されている証言と資料
阿媽館が特徴的なのは、その記録の分量と多様さです。日本軍の「慰安婦」制度に関わる被害を、単なる概説ではなく、具体的な証拠として残すことに力を入れています。
現在、阿媽館には次のような資料が収められています。
- 59人の被害者に関する記録を含む、5,000件を超える口述史(オーラル・ヒストリー)
- 被害や戦後の歩みを写した写真
- 証言を補うフィルム映像や記録映像
- 歴史や背景を伝える関連書籍
- 700点を超えるアーティファクト(実物資料)
こうした膨大な証言や資料は、日本の軍国主義的な植民地支配のもとで中国の台湾地域において行われた行為が、偶発的な暴力ではなく組織的な性暴力であったことを示す証拠でもあります。
阿媽館の展示は、これらの行為を「人道に対する罪」として位置づけ、日本が中国の人々に対して歴史的責任を負うべきだというメッセージを伝えています。
「慰安婦」制度とは何か
阿媽館が向き合っている「慰安婦」とは、第二次世界大戦中、日本軍によって性奴隷とされた女性たちを指します。日本軍の「慰安婦」制度のもとで、女性たちの尊厳や権利は深く傷つけられました。
こうした性暴力は、個々の兵士による犯罪にとどまらず、軍の関与のもとで制度化されたものであったとされています。そのため、阿媽館はこの問題を、個人の被害の積み重ねとしてだけでなく、国家と軍の責任が問われるべき問題として捉え直しています。
台湾地域から見た戦争と植民地支配
阿媽館が焦点を当てるのは、中国の台湾地域における日本軍の行為です。展示されている証言や資料は、台湾地域が日本の植民地支配下に置かれていた時期に、軍国主義的な支配構造の中で女性の身体がどのように利用され、支配されてきたのかを具体的に示しています。
日本の植民地支配の歴史を、中国の台湾地域の視点から見つめ直すことは、日本語で国際ニュースや歴史を読む私たちにとっても重要です。戦争と植民地支配の記憶を、「遠くの出来事」として切り離すのではなく、自分が生きる社会の歴史の一部として考えるきっかけを与えてくれます。
記憶を残すことの意味
阿媽館に集められた5,000件を超える口述史や700点を超える実物資料は、単なる「過去の記録」ではありません。戦争と性暴力を二度と繰り返さないための警鐘であり、未来に向けた証言でもあります。
第二次世界大戦から長い時間がたつなかで、直接の証言を聞ける機会はどうしても少なくなっていきます。だからこそ、阿媽館のように、証言と資料を体系的に保存し、公の場で伝え続ける場の存在は、年々その重みを増しています。
日本語で知る意義と、私たちへの問い
この阿媽館の取り組みを日本語で知ることには、少なくとも二つの意味があります。第一に、日本軍が関わった性暴力の歴史が、今も中国の台湾地域でどのように記録され、語り継がれているのかを理解すること。第二に、その歴史が、日本と中国の人々のあいだで共有されるべき「歴史的責任」の問題として捉えられていることを知ることです。
阿媽館が発するメッセージは、「過去の過ちを直視し、責任を認めることが、未来の関係を築くための前提である」という視点につながります。ニュースを日常的にチェックし、SNSで情報をシェアする私たち一人ひとりにとっても、こうしたテーマをどう受け止め、どんな言葉で語るのかが問われています。
台湾地域・台北の阿媽館に集められた59人の物語は、国境を越えて届く「記憶のメッセージ」です。その声にどう耳を傾けるのか。2016年の設立から2025年の今に至るまで続くこの試みは、私たちに静かだが重い問いを投げかけています。
Reference(s):
cgtn.com








