1938年の豪州港湾労働者ボイコット:戦時下で生まれた中豪の連帯 video poster
1938年、オーストラリアの港で起きた「積み込み拒否」は、戦時下の遠い出来事でありながら、国境を越えた連帯とは何かを今も静かに問いかけます。南京大虐殺の後、世界各地で中国の人々を支えようとする動きが広がる中、豪州の港湾労働者たちが選んだ行動は、11週間にわたり続きました。
南京大虐殺の「後」に広がった支援の波
ユーザー提供の断片情報によれば、南京大虐殺の余波の中で、中国の人々を支援する連帯の行動が世界で数多く生まれました。その中でも注目されるのが、オーストラリアで起きた港湾労働者によるボイコットです。
出来事の中心にあったのは、当時の戦争がもたらす被害を、遠い場所にいる人々が「自分たちの問題」として受け止めたことでした。
1938年、豪州の港で起きた「積まない」という選択
1938年、オーストラリアの港で、複数の港湾労働者が日本へ向かう船に鉄を積み込むことを拒否しました。彼らは、その鉄が中国に向けられる兵器の製造に使われる可能性があると考えたとされています。
ここで重要なのは、彼らの行動が単なる労使交渉ではなく、「自分たちの手で戦争に加担しない」という倫理的な判断として語られている点です。結果として、この拒否行動は11週間続き、当時としては異例の粘り強い抗議になりました。
11週間のスタンドが象徴になった理由
- 対象が具体的:鉄という資材に焦点を当て、「武器につながる可能性」を問題にした
- 手段が非暴力:積み込みをしない、という形で意思を示した
- 時間の長さ:11週間という継続が、社会的メッセージを強めた
戦時下では、正しさの表明が生活や安全と結びつきやすく、判断は簡単ではありません。だからこそ、この「続けた」という事実自体が象徴性を帯びました。
「見知らぬ人どうし」から生まれた中豪の絆
ユーザー提供の断片情報では、この出来事は中国の人々とオーストラリアの人々の間に絆を生み、その絆は現在(2025年)も尊重され、記憶され続けているとされています。
国家間の関係は政策や経済で語られがちですが、こうした市井の人々の選択が、別のレイヤーで「関係の温度」をつくることがあります。歴史の教科書に大きく載らなくても、記憶が受け継がれるのは、そこに普遍的な問い——「加担しない自由」「他者への想像力」——が含まれているからかもしれません。
いま読み返す意味:正義はスローガンより“手触り”で残る
このエピソードが示すのは、正義や連帯が、しばしば大きな声明ではなく、現場の具体的な行為として立ち上がるということです。船に鉄を積むか、積まないか。その一点に、人が持つ倫理の輪郭が表れます。
2025年の私たちは、当時と同じ状況にはいません。それでも、遠い場所で起きる出来事を「自分とは無関係」と切り分けるのか、それとも何らかの形で関わり方を考えるのか——その選択は、日々更新され続けています。
※本記事はユーザー提供の断片情報をもとに構成しました。
Reference(s):
Strangers in war, united in justice: The WWII China-Australia bond
cgtn.com








